普通の部屋、見られる
今度は
隆史くんの普通の部屋も、少し見てみたいです
その一文を開いたまま、指が止まる。
机に視線を落とす。ポテチの袋が口を開けたまま。缶コーヒーは空で、軽い。レシートが二枚、角だけ折れて残っている。
六畳。
棚にはフィギュア。箱は積んだまま。ロボの腕が一つ外れて、机の端に転がっている。本は奥に押し込んだのと、手前に出っぱなしのが混ざっている。魔王フィギュアはいつもの位置。
見慣れてるはずなのに、今日は目に引っかかる。
「普通の部屋って何だよ……」
スマホに戻る。
文は普通だ。おかしなところはない。
こっちは翔子の部屋に行ったし、映画も一緒に見た。
断る理由は弱い。
問題はその先だ。来たあと、どうなるか。
一回来たら、たぶん次もある。
そこまで考えて、ベッドに倒れる。
「……断れないだろ」
声に出した時点で、だいたい決まる。
宝塚隆史
散らかってるけど、それでもいいなら
送る。既読はすぐ付く。
高田翔子
はい
少しだけで大丈夫です
「少しだけ」
それならいいか、と一瞬思う。
いや、楽ではない。
◇
翌日。
床を拭く。いつもより丁寧に。
漫画は高さを揃える。服は一か所にまとめて押し込む。袋は縛って玄関に置く。
ついでのはずが、あちこち気になって手が止まらない。棚の上、机の端、鏡――カーテンは……あとでいいか、と思って放っておく。
魔王フィギュアを手に取る。奥にやるか、と思って一歩引いて、やめる。戻す。隠す方が変だ。
ゴミ箱を見る。冷蔵庫も開ける。唐揚げが一個だけ残っている。
「……何やってんだ俺」
鏡の前に立つ。
頬に触る。骨の位置を確かめる。鼻はここまで。これ以上いじると浮く。顎も締めすぎない。首の角度を少し直す。
外に出るときの形じゃない。部屋で会う顔だ。
目元だけ、少し抜く。
肩の力を落とす。
鏡の中の自分が、少しだけ変わる。
シャツを替える。袖をまくる。
「……こんなもんか」
インターホン。
思っていたより早い。
玄関までの距離がやけに長い。ドアノブに手をかけて、一度止まる。開ける。
「……こんにちは」
翔子が立っていた。
カーディガンに長めのスカート。見慣れた服なのに、場所が違うと印象も変わる。
「どうぞ」
「お邪魔します」
部屋に入った瞬間、空気が少し変わる。広さは同じなのに、余裕がなくなる。
翔子は立ったまま、ゆっくり視線を動かす。棚、本、フィギュア、机、ベッド。
「……隆史くんの部屋ですね」
「そうだけど」
「思っていた通りです」
「何それ」
少し首を傾ける。
「よく触るものが前に来ていますね」
「え」
「並べ方で分かります。見せたいじゃなくて、使う順番で置いてある」
言い返せない。
「座って」
「はい」
椅子に座る。まだ棚の方を見ている。
「これ、前に話していた食玩ですか」
「ああ」
「分かります」
「分かるのかよ」
「首のつき方がいいです」
そこか。
フィギュアを渡す。
「肩がちょっと弱い」
「……あ、本当だ」
「だろ」
「胸の前で止まっていますね」
「そう、それ」
いつの間にか、普通に話している。
「……こういう話をしているときの隆史くん、好きです」
「え」
翔子が目を落とす。
「すみません」
「何で」
言葉が出ない。
冷蔵庫を開ける。お茶を出す。
「何もないけど」
「十分です」
コップを渡す。指先が少し触れる。
それだけ。
机のスケッチブックに視線が行く。
「描くんですか」
少し嫌な予感がする。
「見てもいいですか」
「……変なのしかないぞ」
「はい」
ページをめくる。ロボの線。ここは大丈夫。次のページで手が止まる。横顔。
「……こういう線で考えるんですね」
「何」
「面で見てる」
「まあ、立体だから」
「やっぱり」
少し笑う。
「高田も描くのか」
「人、よく」
スケッチブックを受け取る。
電車、店員、背中、手。
「うまいな」
「そんなことないです」
「いや、見てる場所が分かる」
「……分かりますか」
「分かる」
目を伏せる。
少しだけ間が空く。
「ここ、落ち着きます」
「こんな部屋が?」
「はい」
また少し間。
「また来てもいいですか」
言葉が止まる。
「……また?」
「だめですか」
だめとは言えない。
「いや、だめじゃないけど」
「少しだけでいいので」
「少しだけ、好きだな」
翔子が小さく笑う。
◇
玄関。
「ありがとうございました」
「いや」
「フィギュア、面白かったです」
「そこかよ」
「そこです」
ドアを開ける。
「場所、覚えました」
「……そう」
「次は急に来ません」
「次“は”って何だよ」
笑って、階段を下りていく。ぎし、と鳴る。
◇
部屋に戻る。
静かだ。
椅子、コップ、スケッチブック。
「……やばいな」
スマホを見る。
高田翔子
やっぱり、隆史くんの部屋でした
少し笑う。
宝塚
変な部屋じゃなかった?
高田翔子
使っている順番が、そのまま出ている部屋でした
返せない。
高田翔子
また見に行きたいです
「……だから、それがまずいんだって」
ベッドに倒れる。
天井を見る。
六畳の部屋。魔王フィギュア。
一人のはずなのに、そういう感じがしない。




