第96話:無自覚なフルスロットル。
五日目の夕方、作業を終えた凛ちゃんに、親友の陽菜ちゃんから一通のメッセージが入ります。
「少しずつ仲良くなってね」というアドバイスを忠実に守っている(つもりの)凛ちゃん。
しかし、その報告を聞いた陽菜ちゃんは、あまりの「猛攻」に戦慄することに……。
「ふぅ……。今日分、終了!」
液タブの電源を落とし、私は大きく伸びをした。
五日目の作業は、朝陽くんに「あーん」でコーヒーを飲ませてもらったおかげか、驚くほど筆が乗った。……思い出すだけで、まだちょっと顔が熱いけど。
スマホを見ると、親友の陽菜からメッセージが入っていた。
『どうだい? 仲良くやってる?』
『電話で話していい?』
『いいよ! いつでもどーぞ!』
私は発信ボタンを押した。
『はーい、もしもし。どうだい? 順調?』
陽菜の、どこか面白がっているような声が響く。
「うん! わかんないけど、少しずつ仲良くなろうとしてるよ!」
『ほうほう。ちなみに、具体的にどんなことしてるの?』
私は今日までの出来事を指折り数えながら、意気揚々と報告した。
「えーっとね、今まで足のマッサージだったのを、昨日の夜は背中に跨がって、心を込めてマッサージしてみたり」
『……うん、うん。……うん!?』
「今朝は、朝陽くんの寝顔を至近距離で観察してみたり」
『???』
「あとは、さっきアイスコーヒーをあーんして飲ませてもらったり……」
沈黙。
スマホの向こう側で、陽菜が息を呑む音が聞こえた。
『……ちょっと待って、凛。瀬戸、今……生きてる?』
「え、生きてるよ? 普通に夕飯作ってくれてるし」
『……あのさ、私、「少しずつ寄り添って」って言わなかったかな?』
「うん! だから、私も少しずつ、一歩ずつ進んでるつもりだよ!」
再び、長い沈黙。
そして、陽菜が絞り出すような声で言った。
『……凛。それはね、「少しずつ」どころじゃないよ。フルスロットルだよ!!』
「ええっ!? そうなの!?」
私は本気で驚いた。
自分なりに、相手の反応を見ながら慎重に距離を詰めているつもりだったのに。
『……そっか、今まで男の子と接してこなかったから、距離感がわからないんだね。凛、それ瀬戸にとっては心臓発作レベルの猛攻だからね?』
「え、大丈夫かな……? 嫌われてないかな?」
『今、爆発してないならたぶん大丈夫だと思う。……ちなみに、凛。あんた、瀬戸を堕としにいってるわけじゃないんだよね?』
「おと……違うよ! 自分の気持ちを確かめつつ、朝陽くんともっと仲良くなりたいなーって思ってるだけで……」
『(天然か……これは瀬戸大変だわ。今度会ったらジュース奢ってあげなきゃ……)』
陽菜が何かブツブツと呟いている。
『もしかして、明日の花火大会は……?』
「あ、ベランダから見えるから、一緒に見る約束したよ!」
『……ああ、瀬戸、終わったかも。……凛、明日は少し控えめにね? 相手のライフも考えてあげて』
「わ、わかった。控えめ、だね。……肝に銘じるよ」
『じゃあ、私はご飯呼ばれたから。また明後日にでも聞かせて。なんなら一緒にご飯食べたいし!』
「惚気じゃないってば! またね、ありがと!」
電話を切ると、私は一人でベッドに倒れ込んだ。
フルスロットル……。そんなつもりはなかったんだけど。
確かに、朝陽くん、ときどき顔が真っ赤になってた気がする。
「控えめに、かぁ……」
少し反省しながら、私は部屋のドアを開けた。
すると、廊下までお酢とごま油の、夏らしい食欲をそそる香りが漂ってきた。
「あ……冷やし中華かな?」
お腹の虫が鳴る。
反省もどこへやら、私はワクワクした気持ちでリビングへと駆け出した。
第96話、ありがとうございました!
凛ちゃん、無自覚って本当に恐ろしいですね(笑)。
陽菜ちゃんに「フルスロットル」だと指摘されて驚く凛ちゃんですが、その素直さが朝陽くんの鉄壁の理性を削り取っていることに、まだ完全には気づいていない様子。
「瀬戸くん生きてる?」という陽菜ちゃんのツッコミが、朝陽くんの苦労を物語っています。
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