第94話:五日目の朝、焦げたオムレツと隠せない熱。
五日目の朝、完璧なサポーター・朝陽くんが、ついに「寝坊」と「至近距離の寝顔チェック」というダブルパンチを喰らいました。
真っ赤になってキッチンへ逃げ込んだ彼ですが、動悸は一向に収まりません。
俺と僕が混同し、素が出始めています。
一方の凛ちゃんは、彼の「可愛い一面」を知って、少しだけ攻めの姿勢に……?
「……落ち着け。俺はサポーターだ。冷静になれ、僕」
歯を磨き、顔を洗ってキッチンに逃げ込んだ俺は、蛇口を全開にして冷水で手を洗った。
手のひらに伝わる冷たさで、無理やり脳を覚醒させようとする。けれど、瞼の裏にはさっき至近距離で見つめてきた凛の瞳が、焼き付いたまま離れない。
あんな距離に、あんなに綺麗なものがあったなんて。……心臓に悪い。心臓が足りない。
「朝陽くん、お腹空いたー!」
カウンター越しに、凛の弾んだ声が聞こえる。
俺は背中を丸めたまま、震える手で冷蔵庫から卵を取り出した。
いつもなら、コンマ数秒の狂いもなく完璧なオムレツを焼き上げる自信がある。けれど、今日に限っては卵を割る力加減さえ分からない。
「……っ」
案の定、一つ目の卵の殻が入った。
二つ目は黄身が潰れた。
三つ目でようやく形になったけれど、フライパンに流し込んだ後の火加減を間違えた。
ジューッ、といつもより激しい音が響く。
「……あ」
「あはは、朝陽くん。そんな動揺しなくても」
カウンターから身を乗り出すようにして、凛がクスクスと笑っている。
俺は必死に表情を殺し、焦げた端っこを隠すようにオムレツを折りたたんだ。
「……気のせいだ。少し、香ばしく仕上げただけだ」
「えー、ほんとにー? 動揺してるんじゃないのー?」
「……してない。僕は、サポーターだ」
言い張る俺の耳が、自分でも分かるほど熱い。
彼女は今朝の俺の醜態(寝顔を見られ、情けない声を出して飛び起きたこと)を完全に「おもちゃ」にしている。
けれど、不思議と嫌な気はしなかった。
むしろ、サポーターでいようと虚勢を張る自分を、彼女が笑い飛ばしてくれているような。そんな、奇妙な心地よささえあった。
「はい。……少し形は悪いが、味は保証する」
テーブルに並べたのは、プレーンオムレツとトースト。
いつもならホテルの朝食のような出来栄えなのに、今日のオムレツは端っこが少し黒く、形も左右非対称だ。
「わあ、美味しそう! いただきます!」
凛は一切ためらわずに、焦げた部分も含めて大きな口で頬張った。
「……っ、んー! 美味しい! 朝陽くんが作ってくれたなら、なんでも当たりだよ」
「…………」
そのストレートな肯定に、俺は再び視線を逸らす。
『誰が作ったか』。彼女にとって、味の良し悪し以前に、そこが重要だと言われているようで。
俺は逃げるように自分のトーストを口に運んだ。
「ねえ、朝陽くん。明日の夜、花火大会だよね?」
ジャムを塗りながら、凛がふと窓の外を見た。
五日目の空は、どこまでも高く、青い。
「ああ。……ここからなら、ベランダから人混みを避けて見えるはずだ。特等席になるだろうな。サポーターとして、凜が満足できるように色々用意するよ」
「……またサポーターって言った」
凛がスプーンを置いて、じっと俺を見た。
その瞳は今朝のいたずらっぽい輝きではなく、少しだけ真剣で、どこか寂しげな色を帯びていた。
「サポーターとして、じゃなくて。……私と一緒に見たいって、言ってほしいな」
「…………っ」
喉にパンが詰まりそうになった。
「一緒に見たい」。そんな、ごく普通の、けれど僕たちのような「契約」で繋がった二人には重すぎる言葉。
俺は、彼女の真っ直ぐな視線に耐えきれず、結局、卑怯な言葉を吐き出した。
「……善処、する」
「もう、朝陽くんのケチ」
凛はぷくっと頬を膨らませたけれど、すぐに「でも、楽しみにしてるからね!」と笑った。
朝食を終え、彼女は弾むような足取りで作業部屋へ消えていった。
一人残されたキッチン。俺は、皿に残った小さな「焦げたオムレツ」の欠片を見つめた。
……五日目。
十日間の半分を過ぎて、俺はもう、自分が「ただのサポーター」に戻れないことを、嫌というほど自覚させられていた。
第94話、ありがとうございました!
朝陽くん、あまりの動揺に料理の腕が鈍るという失態を演じてしまいましたね(笑)。
でも、その少し焦げたオムレツこそが、二人の距離が確実に縮まった証拠なのかもしれません。
そして凛ちゃんの「一緒に見たいって言ってほしい」という小さな、けれど重たい注文。
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