第93話:『五日目の朝、静寂と不意打ちの鼓動』
共同生活も折り返しの五日目。
いつもなら朝陽くんの作るお味噌汁の匂いで目が覚める凛ちゃんですが、今日は珍しく、彼女の方が先に目を覚ましました。
静まり返ったリビングで、彼女が見つけたのは……
目が覚めると、部屋の中はまだしんと静まり返っていた。
いつもならキッチンから聞こえてくるトントントンという軽快な包丁の音も、食欲をそそる出汁の香りもしない。
(……あ、私の方が早い)
なんだか少し得した気分になって、私はベッドから抜け出した。
丁寧に髪をブラッシングして、服を整える。洗面所で歯磨きを済ませて鏡を見ると、昨日のマッサージの余韻のせいか、心なしか肌の調子がいい気がした。
リビングへ向かうと、そこにはまだ夢の中にいる朝陽くんの姿があった。
ソファで眠る彼は、いつも私をサポートしている時とはまるで別人のようだった。
「……朝陽くん?」
そっと近づいて、その顔を覗き込んでみる。
いつもは少し大人びていて、どこか達観したような印象だけど、こうして見るとやっぱり年相応の男の子なんだなって思う。
……なんだか、好奇心が止まらなくなっちゃった。
「おーい、朝陽くん?」
返事がないのをいいことに、私は指先を伸ばした。
寝癖で少し跳ねた彼の髪を、ワシャワシャと弄ってみる。意外と柔らかい。
次に、少しだけ開いた唇の横、柔らかそうな頬をツンツンと突いてみた。
「…………」
全然起きない。
昨日の夜、私が寝た後も、きっと私のために何かしてくれてたのかな。
よくよく見てみると、やっぱりこの人、すごく整った顔をしてる。
長い睫毛が影を落としていて、鼻筋もスッと通っている。背も高いし、特別運動をしてる風でもないのに、Tシャツの袖から覗く腕には程よく筋肉がついている。
……不公平だなぁ。こんなに家事ができて、かっこいいなんて。
「……朝陽くんは、大人になったら、きっとすごく綺麗な人と結婚するんだろうな」
ふと、そんな言葉がこぼれた。
その瞬間、胸の奥をぎゅっと冷たい手で掴まれたような、嫌な痛みが走った。
5年後、10年後。この人の隣で笑っているのは、私じゃない、誰か知らない「綺麗な人」なんだろうか。
(……だめだめ、何考えてるの私!)
恋人でもないのに、勝手に未来を想像して落ち込むなんて。
っていうか、そもそも、私が朝陽くんのことを「好き」かどうかなんて、自分でもまだよくわかっていないはずなのに。
「ん……っ」
思考の迷路にハマりかけていた時、朝陽くんの瞼がピクリと動いた。
あ、やばい。そう思った時にはもう遅かった。
ゆっくりと開かれた彼の瞳が、至近距離にある私の顔を捉える。
視界ゼロ距離。
「…………ん!?」
朝陽くんは見たこともないような情けない声を上げて、跳ね起きるようにソファから飛び退いた。
ボサボサの髪のまま、目を見開いて私を凝視している。
「り、凛!? な、なんで……え、何時だ!? ごめん、寝過ごした……!」
顔を真っ赤にして、あわあわと時計と私を交互に見る朝陽くん。
いつもの冷静沈着な姿はどこへやら。
「あはは! おはよう、朝陽くん」
なんだか、その慌てっぷりがおかしくて、愛おしくて。
(……ふふ。今の朝陽くん、すっごく可愛い)
昨日までの気まずさが嘘みたいに、私の心は朝の光みたいに晴れやかになっていた。
第93話、ありがとうございました!
凛ちゃん、無意識のうちに朝陽くんとの「10年後」を想像して、勝手にジェラシーを感じちゃってましたね。
自分の気持ちに名前を付けられないまま、それでも彼の隣を独占したいと願う……これぞまさに「恋の始まり」の音が聞こえてきそうです!
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