第77話:寝ぼけ眼の令嬢。
共同生活二日目の朝。
おばあちゃん支給の最高級布団で快眠した朝陽くんは、サポーターとしての使命感に燃えてキッチンに立ちます。
しかし、背後から忍び寄る無防備すぎる令嬢に、彼の鉄壁のルールが早くも崩壊の危機!?
朝の静寂を切り裂く、ドタバタな目覚めのハプニングをお楽しみください。
「……ふぅ、よく眠れたな」
リビングの床に敷いた布団の上で、僕は最高の目覚めを迎えた。さすがは高級品、体が軽い。
時計は午前7時。朝食を作らなければ。
出汁の香りがふわりとリビングに広がる。
炊きたての白米、豆腐とわかめの味噌汁、そしてほんのり甘い出し巻き卵。
「よし、あとは焼き魚が上がれば――」
パタン。
背後で、寝室のドアが力なく開く音がした。
「……んぅ……あさひくぅん……おはよぉ……」
振り返った僕は、持っていたおたまを落としそうになった。
そこに立っていたのは、僕が知っている「イラストレーター・凛」でも「お洒落な凛」でもなかった。
髪は芸術的なまでに爆発し、片方の肩がだらしなくはだけており、下着の肩紐が見えている。
焦点の合っていない瞳で、フラフラと幽霊のようにこちらへ歩いてくる。
「……っ!? 凛、ストップ! 止まれ、そこから一歩も動くな!」
「……えー? なんでぇ……? おなかすいたぁ……」
あろうことか、凛はそのまま僕のシャツの裾を掴み、僕の胸元に頭を預けてウトウトし始めた。
……ダメだ。これ以上は、僕の理性が死ぬ。
「いいから戻れ! 鏡を見ろ!」
僕は真っ赤になりながら、凛の肩を掴んで(肌に触れないよう、パジャマの布越しに細心の注意を払って)、半ば強引に寝室へと押し戻した。
パタン、とドアを閉め、僕はドアノブを外から押さえる。
「……ひどぉい、朝陽くん。なんで閉じ込めるのぉ……」
ドアの向こうから、凛のくぐもった、でも少しだけ起きたような声が聞こえる。
「閉じ込めてない! お前、自分が今どんな格好してるか分かってるのか!? 肩、出てるんだぞ! ボタンもめちゃくちゃだ!」
「かた……? ぼたん……?」
ガサゴソと衣擦れの音がして、数秒の沈黙。
「……あ。……あぁぁぁぁぁっ!! やだ、嘘、待って!! 見た!? 朝陽くん、今の見た!?」
「嫌でも目に入ったよ! 凛、ルールを追加する。朝、身だしなみを整えるまでは寝室から一歩も出るな。……いいな!?」
「……うぅ、ごめんなさい……。でも、ヘアゴム……。ヘアゴム、リビングに置いてきちゃった……」
ドアが数センチだけ、申し訳なさそうに開いた。
隙間から、まだ寝癖でボサボサの頭が少しだけ覗く。
「……これか?」
僕はテーブルの上にあった、彼女が昨夜外した青いヘアゴムを指先でつまみ、隙間から差し出した。
「ありがと……。……ねえ、朝陽くん」
「なんだ」
「……お味噌汁、すっごくいい匂い。……さっき、ちょっとだけ朝陽くんにくっついた時、朝陽くんも同じ匂いした」
「…………っ!!」
心臓が口から飛び出すかと思った。
「いいから! 早く支度して顔を洗ってこい! 猫のプレート、ちゃんとひっくり返せよ!」
「はーい……。……ふふ、朝陽くん、声が裏返ってる」
隙間の向こうで、凛がクスクスと笑う気配。
さっきまで死ぬほど焦っていたのは僕だけで、彼女はもう、この状況を楽しんでいるんじゃないか――そんな疑念が頭をよぎる。
十分後。
ようやく「人間」の姿に戻り、髪をきっちり結んだ凛が、おずおずとリビングに戻ってきた。
頬はまだ少し赤いけれど、その瞳はしっかりと覚醒している。
「……おはよう、朝陽くん。……さっきは、その。……ごめん」
「……分かればいい。座れ、ご飯にするぞ」
並んで座る朝食のテーブル。
湯気の向こう側で、凛が「いただきます」と小さく笑う。
ハプニングだらけの目覚めだったけれど、味噌汁を啜る彼女の顔を見て、僕は密かにノートの隅に書き加えた。
『朝、ドアを開ける前に身だしなみチェック』――と。
僕たちの十日間、二日目の戦いは、まだ始まったばかりだ。
第77話、ありがとうございました!
朝陽くんの「強制送還」と、その後の隙間越しのやり取り。
凛ちゃんの無自覚な(?)「匂い」の指摘に、朝陽くんの心拍数は朝からマックスです。
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