第76話:扉の裏側で
「おやすみなさい」の挨拶を交わし、閉ざされた扉。
そこから先は、凛ちゃんだけのプライベートな時間です。
男の子の部屋で一人眠る緊張感よりも、彼女を包み込んだのは、朝陽くんが用意してくれた完璧な安らぎでした。
本人はまだ「友情」や「信頼」だと思っている、甘くて温かい独り言をお楽しみください。
「……おやすみなさい、朝陽くん」
そう言ってドアを閉めた瞬間、カチリと小さな音が響いた。
途端に、さっきまで隣にいた朝陽くんの気配が遠ざかり、部屋は心地よい静寂に包まれる。
「……ふぅ」
私はそのまま、真っさらなシーツが張られたベッドに体を投げ出した。
サウナみたいだった私の部屋とは全然違う。朝陽くんが完璧に管理してくれた、涼しくて、清潔な空気。
ふかふかの枕に顔を埋めると、洗剤の匂いの中に、ほんの少しだけ朝陽くんの匂いが混ざっている気がした。
「……本当に、ここに来ちゃったんだ」
独り言が、静かな部屋に溶けていく。
昼間、デスクトップパソコンや重い機材を何度も往復して運んでくれた彼の背中を思い出す。あんなに重いものを一人で全部持って、「凛は軽いものを持ってて」なんて。……優しいな。
「それにしても……あんなに真っ赤にならなくてもいいのに」
お風呂上がりのリビングでの出来事を思い出して、私はベッドの上で小さく笑った。
ただ化粧水を塗っていただけなのに、朝陽くんときたら、トマトみたいに顔を赤くして「寝室でやれ」だなんて。
(……そんなに、女の子として意識してくれてるのかな)
ふとした考えが頭をよぎる。
朝陽くんはいつだって「サポーターだから」って言うけれど、私を守るためのルールや、あの猫のプレートへのこだわりは、なんだかそれ以上の熱量を感じる。
あんなに真面目に私のプライバシーを守ろうとしてくれる男の子。
朝陽くんのそういう、不器用なくらい誠実なところが、私はたまらなく……。
ううん、サポーターとして、最高に信頼できるんだ。
「……シーツ、本当に替えてくれちゃった」
指先で、布地をなぞる。
私は本当に、朝陽くんが使っていたままでも全然嫌じゃなかった。むしろ、その方がなんだかよく眠れるような気がしたくらいで。
でも彼は「嫌だろ」って言って、私のために新しいのを用意してくれた。
彼にとって、私は「大切に扱わなきゃいけない女の子」なんだ。
そう思うと、胸の奥が少しだけ、むず痒くて温かいものでいっぱいになる。
朝陽くんは自分のことを「僕みたいなやつ」なんて言うけれど、そんなことない。
ネット環境まで気にして管理会社に連絡してくれたり、私の仕事がしやすいように完璧にセッティングしてくれたり。
朝陽くんは、自分で思っているよりずっと、優しくていい人。
見た目だって、背が高くて優しそうな顔してる。
あの過去がなければ、きっと今頃恋人もいたんだろうな……。
マッサージしてもらった右腕を、ゆっくりと動かしてみる。
さっきまで残っていた原稿明けの重だるさが、嘘みたいに消えている。
あのお好み焼きも、すごく美味しかったな。
ドアの向こうから、かすかに「カサッ」と布団を整えるような音が聞こえた。
朝陽くん、あんなところで寝て、体痛くしないかな。
おばあちゃんが買ってくれた布団、ちゃんと役に立つといいんだけど。
「……明日も、おはようって言えるんだよね」
これまでは壁一枚隔てた隣にいた彼が、今はすぐ、そこにいる。
明日目が覚めたら、キッチンから朝ごはんを作る音が聞こえてくるのかもしれない。
そんなの、まるで――。
(……いいえ。サポーターの、契約期間だもんね)
私は自分の頬を軽く叩いて、余計な想像を振り払った。
でも、口元が勝手に綻んでしまうのは止められなかった。
「……頑張ろう。この十日間、朝陽くんに心配かけないように。……おやすみなさい」
扉一枚を隔てた、大好きなサポーターさんの気配を感じながら。
私は吸い込まれるように、深い、心地よい眠りへと落ちていった。
第76話、ありがとうございました!
凛ちゃん側の心情を描くことで、彼女がどれだけ朝陽くんを信頼し、その「真面目さ」に救われているかが伝わってきましたね。
朝陽くんの自己評価の低さを、彼女が優しいだと思っている対比。
次回は第77話。
寝ぼけ眼でリビングに出てきた彼女の姿に、朝陽くんが再びフリーズする!?
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