第72話:十日間の預かり証と、微笑み
リビングでは、おばあちゃんと凛ちゃんによる「運命の会議」が行われていました。
三つの選択肢……どれも決め手に欠ける中、冬月家の賢者が下した「第四の答え」とは。
寝室の静寂の中で、瀬戸朝陽は教科書の文字を追っていたが、内容は全く頭に入ってこなかった。
隣の部屋から聞こえる微かな話し声。凛の困ったような声、おばあさんの穏やかな、けれどすべてを見透かすようなトーン。
「……瀬戸さん。少し、こちらへ戻ってきてくださる?」
おばあさんの落ち着いた声に、朝陽は背筋を伸ばし、一度深く息を吐いてからリビングへ戻った。
「失礼します」
ソファには、姿勢を正して座る凛と、優雅にお茶を口にするおばあさんの姿。
凛は顔を真っ赤にして、僕と目が合うと慌てて視線を泳がせた。
「さて、瀬戸さん。今、凛と今後の話をしていたのですけれど……」
おばあさんは空になった湯呑みを置き、瀬戸を真っ直ぐに見つめた。
「凛に提示した三つの案ですけれど、どれも『落第』ですわ。この暑さの中で根性論は無理。実家に戻れば、あのおじいさんと仕事のことでまた衝突して、凛の心が壊れてしまう。ビジネスホテルも、防犯面はともかく、何かあった時に私がすぐに駆けつけられません」
「……そう、ですね」
朝陽が頷くと、おばあさんはふっと微笑んだ。
「そこで、相談なのですけれど。……エアコンが直るまでの十日間、凛をこちらで預かっていただけないかしら?」
「…………え?」
思考が一瞬、停止した。
「……預かるって、僕の部屋で、ですか?」
「ええ。貴方の生活態度、そして凛への接し方を見て決めました。ここが一番、今の凛にとって安全で、かつ仕事に集中できる場所だと判断したのです。……もちろん、瀬戸さんのご負担でなければ、の話ですが」
隣で凛が真っ赤になっている。
けれど、僕は不思議と冷静だった。
十日間、彼女の生活を預かる。
それはサポーターという言葉で片付けるには、あまりに重い責任だ。
けれど、彼女が独りぼっちでホテルに泊まる寂しさや、実家で心を削る姿を想像するよりは、ずっとマシだと思えた。
「……分かりました。責任を持って、彼女の十日間を支えます」
逃げずに、おばあさんの瞳を真っ直ぐに見返して答えた。
「朝陽君……」
凛が呆然と朝陽を見つめる。
「いい目ね、瀬戸朝陽さん。……信じてお任せしますわ。ただし、毎日私に生存確認の連絡を入れること。そして、節度を守ること。よろしいわね?」
「はい。お約束します」
その後、おばあさんと連絡先を交換。
おばあさんは「いいお茶だったわ」と満足げに立ち上がり、エントランスまで見送った二人に一度だけ茶目っ気のあるウィンクをして、去っていった。
部屋に戻り
パタン。
玄関のドアが閉まり、リビングには二人だけ。
「…………」
「…………」
数秒の沈黙の後、凛がその場にへなへなと座り込んだ。
「……信じられない。本当におばあちゃん、許可出しちゃった……」
「……僕も、まさかこんなことになるとは思わなかった」
朝陽は熱くなった頬を隠すように、後頭部をかいた。
「……十日間、よろしくね。……朝陽くん」
凛がおずおずと、でもどこか嬉しそうに朝陽のシャツの裾を掴む。
「……ああ。よろしく、凛」
「隣人」という境界線が溶け、今日から二人は10日間のみ同居人になる。
窓の外、夕焼けに染まる空は、これから始まる特別な十日間を予感させるように、どこまでも赤く燃えていた。
第71話、ありがとうございました!
ついに決定しました、10日間の同居生活!
瀬戸朝陽くん、おばあちゃんの前での堂々たる宣言、かっこよかったです。
「サポーター」としての仕事が、ついに「24時間営業」になってしまいましたね(笑)
付き合ってないのに同棲も、この状況では仕方が無いかと思います。
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