第68話:熱帯夜の避難所と、三つの選択肢。
第67話のラスト、読者の皆さんも「えっ!?」となったことでしょう。
そこにいたのは暑さでヘロヘロになった凛ちゃんでした。
文明の利器の敗北が招いた、二人の一晩の同居生活。
紳士であろうとする朝陽くんと、彼を頼らざるを得ない凛ちゃんの、もどかしい時間をお届けします!
「……おい、凛。起きろ。……凛ってば」
肩を揺らすと、凛は「ん……ふにゃ……」と頼りない声を漏らして、ゆっくりと目を開けた。月明かりに照らされた彼女の瞳が、僕の姿を捉えて大きく見開かれる。
「……ぁ、朝陽くん。あ、あの、これは……」
「これは、じゃない。なんでお前が僕の部屋にいるんだよ。」
凛は顔を真っ赤にして、膝を抱えたまま小さく頷いた。
「……ごめんなさい。急に、部屋のクーラーが止まっちゃって。……どうしても暑くて、眠れなくて……朝陽くんの部屋の前にいたの」
最初はソファを借りるつもりだったらしい。けれど、ドアを開けた瞬間に流れ込んできた「涼しい空気」に、理性が負けてしまったのだという。
「……ソファじゃなくて、ここまで来たのか?」
「……朝陽くんの近くの方が、もっと安心するかなって、思っちゃって……」
消え入るような声でそう言われ、僕は深いため息をついた。怒る気なんて、最初から失せている。
「分かった。……とりあえず、今夜はここで寝ろ。この時期、クーラーなしで寝たら本当に死ぬからな」
「えっ、でも、朝陽くんは……」
「僕はソファで寝る」
「ダメだよ! 私が勝手に入ってきたんだし、ソファは私が……」
「却下だ」
僕は凛の言葉を遮り、彼女をベッドへと押し戻した。
「仕事を頑張って疲れ切ってる女の子を、硬いソファで寝かせられるわけないだろ。……いいから、大人しく寝ろ。サポーターの命令だ」
「……あ」
凛は何かを言いかけ、それから「……ありがと」と、布団を鼻先まで引き上げて呟いた。
僕は枕とブランケットを掴み、リビングへ移動する。
ソファに横になっても、鼻腔の奥にはさっきまで凛が近くにいた香りが残っていて、心臓の音がいつもより大きく聞こえた。
翌朝。
朝食のトーストを齧りながら、凛が管理会社に電話をかけた。
スピーカーから流れてくる担当者の声は、無情だった。
『申し訳ございません。現在、修理のご依頼が大変混み合っておりまして。最短で伺えるのが、十日後の午前中になります』
「……10日?」
凛の手からスマホが滑り落ちそうになる。
真夏の10日間。クーラーなしの部屋は、もはや居住不可能なサウナと同じだ。
おばあちゃんに状況を報告した凛は、電話を切った後、深刻な顔で僕を見た。
「……おばあちゃん、様子を見に来てくれるって。それで、クーラーが直るまでの間、どうするか考えなさいって言われたの。……三つ、選んでいいよって」
凛が指を一本ずつ立てる。
「一つ目は、このまま根性で自分の部屋に住むこと。二つ目は、直るまでおじいちゃんたちの家に戻ること。三つ目は、ビジネスホテルに泊まること」
どれも、今の僕たちの「隣人生活」を中断させる選択肢だった。
「……そうか。まあ、実家に戻るのが一番安心だよな。おじいさんたちも喜ぶだろうし」
僕が努めて冷静にそう言うと、凛は寂しそうに視線を落とした。
「……うん、そうだね。……でも」
凛が何かを言いかけて、言葉を飲み込む。
おばあちゃんが提示した三つの選択肢の中に、今の僕たちの気持ちを解決するものはなかった。
沈黙が流れる。
僕の脳裏には、さっきの選択肢にはない「第四の案」が浮かんでいた。
凛を自分の部屋で過ごさせる、という、サポーターとしての範疇を大きく超えた選択が。
「……考えておくね、っておばあちゃんに言ったんだ。……ねえ、朝陽くんはどう思う?」
凛の瞳が、僕の答えを求めて真っ直ぐに向けられる。
十日間。
このまま離れるのか、それとも――。
第68話、ありがとうございました!
クーラーの故障という、一人暮らしにとって最大の敵(あるいは神展開のきっかけ)が現れました。
おばあちゃんから提示された三つの選択肢。
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