第64話:プロの眼差しと、不慣れなモデル
ショッピングでのドキドキが残る中、物語は凛ちゃんの「本業」へ。
普段は朝陽くんに頼り切りの彼女ですが、ペンを持てば話は別。
どうしても描けない「男のライン」を前に、彼女が意を決して頼んだのは、一番身近な男子である朝陽くんでした。
「スマホのカメラ」越しに、自分の骨格や筋肉を隅々まで記録される気恥ずかしさと、真剣な彼女の美しさに圧倒される午前中をお届けします!
ショッピングモールから帰宅し、僕の部屋で晩御飯を食べていた時だった。
今日のメニューは、スタミナがつくようにと作った豚肉の生姜焼き。いつもなら「美味しい!」と勢いよく食べるはずの凛が、何度も僕の方をチラチラと見ていた。
「……どうした。言いたいことがあるなら言いな。ご飯、冷めるぞ」
僕が促すと、凛は意を決したように箸を置き、居住まいを正した。
「……朝陽くん。相談……というか、お願いがあるの」
「お願い?」
「次のイラストの仕事、男の人のポーズなんだけど……どうしても腕の筋肉の動きとか、服のシワが上手く描けなくて。……その、もし良かったら、朝陽くんにモデルをお願いしたいなって。スマホで何枚か資料写真も撮らせてほしいんだ」
凛は顔を少し赤くしながらも、その瞳はプロのそれだった。
「僕でいいのか? 他に適任がいそうなもんだけど」
「……朝陽くんがいいの。一番身近で、信頼できるし、背が高くてスタイル良いから。……ダメ、かな?」
上目遣いでそう言われて、断れるはずもなかった。
「……分かった。練習台くらいにはなるだろ」
「本当!? ありがとう! じゃあ明日、朝ごはん食べたらさっそくお願い!」
パッと顔を輝かせた彼女を見て、僕は少しだけ、安請け合いしすぎたかもしれないと後悔し始めていた。
翌朝。
いつものように僕の作った朝食を囲む二人。
メニューは焼き魚に納豆、それから味噌汁という簡素なものだが、今日に限ってはやけに静かだった。
凛はどこか集中しているような、それでいて少し緊張しているような面持ちで箸を動かしている。
「……気合はいってるな。」
「……絵描きにとって、実物を見るっていうのは、その人の骨格とかまで知るってことだからね」
凛が真剣なトーンで言い返す。
「骨格って……。そんな大げさな」
「大げさじゃないの! ……とにかく、今日は遠慮なく見せてもらうからね」
「……ああ。お手柔らかに」
朝食を終え、食器を片付ける。
普段の「サポーター」としての僕ではなく、今日は彼女の「素材」になる。
そう意識した途端、何だか僕の胸の奥も、少しだけ騒がしくなってきた。
「……お邪魔します」
初めて、凛の作業部屋の奥まで踏み入れた。
巨大な液タブが鎮座し、壁には自作のイラストや参考資料が所狭しと貼られている。ここが、プロ絵師「冬月凛」の職場だ。
「じゃあ、朝陽くん。そこに座って。……まず、Tシャツの袖をまくってくれる?」
凛は使い慣れたスマートフォンを構え、カメラアプリを起動した。
「……いくよ」
指示されるままにポーズをとる。
カシャッ、と軽いシャッター音が響くたびに、僕は自分の身体がデジタルデータとして彼女のフォルダに蓄積されていくのを感じて、妙に落ち着かない気分になった。
「……うん、いい感じ。あ、でも、肩から肘にかけてのラインがもう少し……。ちょっと失礼」
凛が椅子から立ち上がり、スマホを構えたまま僕の目の前までやってきた。
彼女の指先が、僕の二の腕に直接触れる。
「……っ」
少し冷たくて、でも細い指の感触。
凛は僕の反応など気にする様子もなく、画面越しと生身の視線の両方で、真剣に僕の筋肉の付き方を確認し始めた。
「……もう少し、こっちに捻って。……そう、そこ。そのまま動かないで」
至近距離。
彼女の瞳が、仕事としての真剣な光を湛えて、僕の鎖骨や腕のラインを舐めるように観察する。
普段のポンコツな凛はどこにもいない。
そこにあるのは、圧倒的な才能と執念を持った、一人の表現者の姿だった。
「……凛、近い」
「……仕事中。静かにして」
釘を刺すような低い声に、僕はそれ以上何も言えなくなった。
触れられる箇所の温度が上がっていく。
真剣な彼女の横顔があまりに綺麗で、僕はモデル失格だと思いながらも、小さく吐息を漏らすことしかできなかった。
第64話、ありがとうございました!
昨夜の晩御飯での何気ない相談から、一夜明けての真剣な撮影会。
凛ちゃんの「プロの顔」に、朝陽くんもタジタジです。
密着した状態でのポーズ指定……モデルを続ける朝陽くんの心臓、最後まで持つのでしょうか?
続きが気になる!と思ってくださった方は、ぜひブックマークや下の【☆☆☆☆☆】で応援をいただけますと嬉しいです!




