第62話:一緒に歩くための鎧。
そうめんでお腹を満たした二人が向かったのは、電車で数駅先の大型ショッピングモール。
今日のミッションは、凛を「どこにでもいる女子高生」に変身させること。
ですが、これが想像以上に難航します。
何を着ても「お高いお店のカタログ」みたいになってしまう凛と、午前中の予習を無駄にすまいと奮闘する朝陽。
休日で賑わう駅ビルを抜け、僕たちは目的のショッピングモールへと足を踏み入れた。
家族連れや学生グループがひしめく中、隣を歩く凛の姿は、僕の目にはどうしたって浮いて見えた。
今日の彼女は、手持ちの中でも「一番地味」だというネイビーのサマーニットに、白いロングスカートを合わせている。
金銭感覚が狂っているわけではないから、ブランド物のロゴが目立つような派手さはない。けれど、生地の光沢や、何より彼女自身の凛とした立ち振る舞いのせいで、まるで「お忍び中の有名人」のようなオーラがダダ漏れなのだ。
「……ねえ、朝陽くん。さっきから、すごく視線を感じるんだけど。……変装、失敗してる?」
「いや、服は良いんだけどな。……お前の姿勢が良すぎるんだよ。もっとこう、だらっと歩けないのか?」
「だらっとって……。おばあちゃんに叱られちゃうよ」
困ったように眉を下げる凛を見て、僕は改めて今日のミッションの難易度を再認識した。
「冬月建設」の令嬢。その事実は、彼女の骨格や所作にまで染み付いているらしい。
「よし、あそこに入るぞ」
僕が指差したのは、誰もが知る手頃な価格帯のカジュアルブランド店だ。
店内には色とりどりのTシャツやデニムが並び、BGMが賑やかに鳴り響いている。
「あ、ここ。おばあちゃんと一度だけ来たことあるかも。」
「なら尚のことここだな」
僕は午前中にメモした『変装候補』を思い出しながら、店内の棚を素早く回った。
「とりあえず、これと、これ。……あ、これも試して」
「えっ、ちょっと、そんなに一気に持てないよ!」
「なら、少し持つから着替えておいで」
戸惑う凛の腕に服を抱えさせ、僕は彼女を試着室へと送り込んだ。
「……朝陽くん、着替えたよ。……開けるね」
カーテンが静かに開く。
まずは案①【ストリート系】。
大きめのロゴTシャツに、黒のキャップを深く被らせてみた。
「……どうかな?」
「うーん……。悪くないけど、なんだろう。……人気アイドルのプライベートって感じだ。逆に目立つ」
顔が小さすぎて、キャップを被るとかえって際立ってしまうのだ。
次に案②【真面目学生風】。
眼鏡をかけさせ、シンプルなシャツにロングスカート。
「……これなら、普通に見える?」
「……いや。育ちの良さが知的な方向に爆発してる」
さらに案③【ボーイッシュ】のサロペット。
「これはどう!? さすがに、これなら……」
「……お前、なんでそんなにオシャレに着こなせちゃうんだよ。……『あえてハズして着こなしているモデル』にしか見えない」
何を試しても、彼女が着ると「カタログの正解」になってしまう。
「地味」を目指しているのに、彼女が動くたびに、輝いて見えてくるのだ。
「……なんか、ダメって言われてるはずなのに、悪い気がしない…。」
試着室のカーテンの奥で、凛の少し疲れたような声が響く。
「……ごめんよ。最後、これ試してくれ。僕が一番『普通』だと思ったやつだ」
僕は最後に、一番飾り気のない、ハイウエストのワイドデニムに、ロゴTシャツをタックインを渡した。
数分後。
「……お待たせ」
カーテンが開いた瞬間、僕は思わず息を呑んだ。
そこには、さっきまでの「決まりすぎている姿」ではなく、どこにでもいるような、けれど胸が締め付けられるほど等身大の女の子が立っていた。
少し大きめのTシャツをデニムにインしたことで、彼女の細い腰が強調されつつも、全体のシルエットは驚くほどカジュアルにまとまっている。
「……どうかな。……やっぱり、これも変?」
凛が不安そうに、Tシャツの裾をぎゅっと握りしめる。
その無防備な仕草に、午前中の氷水では冷やしきれなかった熱が、再び胸の奥に灯るのを感じた。
「……いや。それが一番いい。一番……しっくりくるよ」
「……本当? よかった。……朝陽くんがそう言うなら、これにするね」
凛はパッと顔を輝かせ、鏡の中の自分を嬉しそうに見つめた。
お会計を済ませ、凛はさっそく「新しい鎧」に着替えて店を出た。
僕も、彼女の雰囲気に合わせるように、少しだけラフなパーカーを選んで買った。
モールの中を並んで歩く。
鏡のように映るショーウィンドウを通り過ぎるたび、そこに映る自分たちの姿に、僕は少しだけ気恥ずかしくなった。
ワイドデニムにTシャツ姿を着た少女と、少しぶっきらぼうな少年。
その姿は、どこからどう見ても、夏休みを満喫している「ただの高校生カップル」にしか見えなかったからだ。
(これはこれで問題だな…。)
「……ねえ、朝陽くん。今の私、ちゃんと街に溶け込めてる?」
凛が、少しだけ僕に肩を寄せて囁く。
「……ああ。完璧だ。だけど、これだとただの高校生カップルに見られそうだな」
「そっか…。でも、朝陽くんが選んでくれたんだから、今日は脱がないよ?」
秘密を共有したあとの、初めての外出。
「普通」の服を手に入れたはずなのに、僕たちの間に流れる空気は、どうしても「普通」からはみ出してしまうほど、甘い熱を帯びていた。
第62話、ありがとうございました!
凛ちゃんのスタイルの良さが、カジュアルな服を「最高のお出かけ着」に変えてしまいました。
朝陽くん、心の中では「普通すぎて逆に可愛い」とパニックになっていたに違いありません。
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