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隣のクラスの「氷の令嬢」が、隣の部屋で空腹のあまり倒れていた件。〜胃袋を掴まれた彼女が、俺の前でだけ「ふにゃふにゃ」になるまで〜  作者: 比津磁界
第1章

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第58話:クッキーと、痺れる足。

焼き立てのクッキーって、実はすぐ食べちゃダメなんですよね。

「待て」を食らっている凛と、理屈で黙らせようとする朝陽。

後半は、ちょっと距離感を間違えた二人の、気まずくて甘い話です。

「……ねえ、もういいでしょ。一個だけ!……ダメ?」


天板に並んだクッキーをじーっと見つめたまま、凛がうわ言のように呟く。

部屋中に充満したバターの匂いのせいで、彼女の空腹ゲージはとっくに限界らしい。


「ダメ。焼き立てはまだ中がふにゃふにゃだろ。冷めるまで待たないと、サクサク感は出ないんだよ」

「えー……。目の前にあるのに、お預けなんて酷すぎる」


凛はソファーに突っ伏して、クッションに顔を埋めた。


「これも料理の工程の一つなんだから、我慢しような」

「……料理って過酷なんだね」

「そんな大げさな。……ほら、あと数分。」


「……うぅ、わかったよ。……いいよ、待つよ。その代わり、一番いい形のやつ、私がもらうからね」


「はいはい。わかったよ」


タイマーのチクタクという音が、やけに大きく聞こえる。

不器用な彼女が、粉まみれになって必死にこねた生地。それが少しずつ「クッキー」という完成品になっていくのを、僕たちは並んでじっと待っていた。


「……あ。サクサク。……これ、すごい。本当に美味しい」


数分後。ようやく許可を出した僕の前で、凛がクマ型のクッキーを誇らしげに掲げた。

少し形は歪だけど、味は文句なしだ。


「だろ。計量さえサボらなきゃ、お菓子は裏切らない」

「朝陽くんのスパルタ教育のおかげだね。……はい、一個あげる」


差し出されたクッキーを口にする。

バターの香りと、程よい甘さ。

それを「美味しい」と笑いながら言い合える相手がいるだけで、ただの自炊が特別なイベントみたいに思えてくるから不思議だ。


その後、二人で手分けして洗い物を済ませた。

ボウルを洗って、作業台を拭く。狭いキッチンで肩がぶつかっても、もう「あ、ごめん」の一言で済んでしまう。お互いの距離感に、いつの間にか慣れてしまっていた。


「……ちょっと、休憩」


リビングに戻ると、凛がソファーの端っこにどさりと座り込んだ。

慣れない作業で疲れたのか、お腹が膨れて眠くなったのか。

一緒に動画を眺めていた彼女の目が、だんだんとトロンとしてくる。


「凛? 寝るなら自分の部屋戻れよ」

「……んー、あと、ちょっとだけ……」


生返事。

そのまま、彼女の頭がゆっくりと僕の肩に預けられた。

……までは良かった。だが、そこからズルズルと体勢が崩れていき、気づいた時には、彼女はソファーに横たわって僕の太ももを枕にしていた。


「……おい、凛」


ゆすってみたが、規則正しい寝息が返ってくるだけだ。

完全に落ちてる。

膝の上に乗った頭の重み。細い髪の毛が肌に触れて、くすぐったい。おまけに、彼女の指先が僕のシャツの裾をぎゅっと握りしめている。


(……これ、どうすればいいんだよ)


無理に動かして起こすのも気が引けるし、かといってこの体勢は僕の心臓に悪い。

結局、僕は石像のように固まったまま、テレビの音を最小にしてやり過ごすことにした。

……まあ、いいか。特訓、頑張ってたし。


三十分くらい経った頃だろうか。

「……ん、……ふぇ?」


膝の上で、凛のまつ毛がパチパチと震えた。

ゆっくりと開かれた瞳が、僕の顔をじっと見つめる。


一秒、二秒……。


「……あ」


状況を理解した瞬間、凛が弾かれたように跳ね起きた。

顔面が、見る見るうちに真っ赤に染まっていく。


「え、あ、あ、朝陽くん!? ごめん! 私、寝てた!? 寝てたよね!?」

「ああ。一時間くらいバッチリ熟睡してたぞ。おかげで僕の左足、もう感覚ない」


「うわあああ、ごめんなさい! 最悪だ……私、何やってるの……」


凛はパニックになりながら、乱れたポニーテールをめちゃくちゃに直している。

さっきまでの「プロ絵師」の面影はどこにもない、ただの動揺した女の子だ。


「……嫌、だった?」

俯いたまま、消え入りそうな声で聞いてくる。


「……嫌だったら、もっと早くどかしてる」


僕がぶっきらぼうに答えると、凛は一瞬だけ顔を上げた。

目が合うと、彼女はすぐに目を逸らして、もぞもぞとソファーの端へ移動した。


「……なんか、お腹空かない?」

少しの沈黙のあと、凛がお腹をさすりながら言った。


「さっきクッキー食べたばっかだろ」

「甘いもの食べると、しょっぱいものが食べたくなるの。これ、世界の真理だよ」

(確かに)

もっともらしい理屈を並べる彼女に、僕は納得してしまった。


さて、晩御飯作るか。

第58話、ありがとうございました。

膝枕って、される方はもちろん、する方も結構大変ですよね。

「嫌だったらどかしてる」という、朝陽なりの精一杯のデレでした。


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