第51話:深夜の合鍵と、母の耳打ち。
凛の視点でお送りします。
家族と過ごす温かい時間のはずなのに、ふとした瞬間に隣の「彼」を探してしまう。
無意識のうちに朝陽が彼女の心の拠り所になっていることが、凛自身の言葉で綴られます。
深夜、一人で眠れない彼女が取った行動と、鋭すぎるお母様の観察眼。
二人の距離が、また一段と「特別なもの」に変わる一夜です。
久しぶりに囲む、両親との食卓。
目の前には豪華なコース料理が並んでいるけれど、私の頭の中は、なぜか昨日食べたあの「スタミナ丼」の味でいっぱいだった。
「それで、朝陽くんとはどんな出会い方をしたの?」
「普段、何を作ってもらってるの? 栄養バランスは大丈夫?」
お父さんもお母さんも、まるで面接官みたいに朝陽くんのことばかり聞いてくる。
「……もう、食べ物の話ばっかりだよ。ハンバーグとか、焼きそばとか……。あ、この前はおでんも作ってくれたかな」
気づけば、私は自分でも驚くほど饒舌に彼のことを話していた。
お母さんが、すべてを見透かすような優しい目で私を見ていることにも気づかずに。
お店を出て、三人でマンションに戻ってきた時。
真っ先に隣の窓を見上げたけれど、朝陽くんの部屋の電気は消えていた。
(……寝ちゃったのかな。少しだけ、顔が見たかったのに)
胸の奥が、ほんの少しだけスースーする。
たった一晩会えないだけなのに、こんなに心細くなるなんて、自分でもおかしいと思う。
帰宅後も両親と思い出話をたくさんして、寝る時間になった。
私のダブルベッドにお母さんと二人。お父さんはリビングのソファー。
一人でストレッチを済ませて横になったけれど、私の目は冴える一方だった。
「凛……朝陽くんのことだけど。あなた、若いんだから後悔しないようにね」
暗闇の中、お母さんが静かにそう言った。
「……ありがとう。おやすみなさい」
短く返して目を閉じたけれど、心臓の音がうるさくて、ちっとも眠れそうにない。
(……一目だけでいい。彼の匂いの中にいたい。)
両親が寝静まったのを確認して、私は自分の部屋の合鍵を握りしめ、こっそりと廊下へ出た。
隣のドアに鍵を差し込み、音を立てないように中へ入る。
(……あ、朝陽くんの匂いだ)
それだけで、張り詰めていた心がふわりと解けていくのがわかった。
寝室へ向かうと、そこには規則正しい寝息を立てて眠る朝陽くんの姿があった。
私はベッドの脇に膝をつき、眠っている彼をじっと見つめる。
「……いつも、ありがとう。私の隣にいてくれて…。」
届かないとわかっている感謝を、小さな声で呟く。
落ち着いたら、急に眠気がやってきた。
最後におまじないのつもりで、彼のおでこに自分のおでこを、コツンと合わせた。
「おやすみなさい。また明日ね」
自分の部屋に戻ると、さっきまでの不眠が嘘のように、私は深い眠りに落ちていった。
翌朝。
両親は「空港へ向かう途中で朝食を済ませるから」と、早めに出発する準備をしていた。
見送りの準備をしていると、スマホに朝陽くんから連絡が入る。
『ご両親が帰るとき教えてほしい。ご挨拶したい』
律儀な彼らしいメッセージに、口元が緩む。
『あと少ししたら出発するみたい』と返すと、私たちが部屋を出た時には、彼はもう隣のドアの前で待っていた。
「……お気をつけて。凛さんのこと、これからも僕なりに支えていきます。」
「ああ。またな、朝陽くん。次は是非一緒にご飯を食べよう!娘を頼んだよ。」
お父さんと朝陽くんが、男同士の短い挨拶を交わす。
タクシーが待つ場所まで、四人で並んで歩いた。
夏の朝の空気は、少しだけ湿り気を帯びていて、別れの寂しさを誘う。
タクシーに乗り込む直前。お母さんが私を抱きしめ、耳元で小さく囁いた。
「……夜にこっそり会いに行かないと眠れないくらいなんだから、しっかり離さないようにしなきゃダメよ?」
「っ……!!? ば、バレてたの!?」
私の顔は、一瞬で茹で上がったように真っ赤になった。
お母さんは茶目っ気たっぷりにウインクをして、お父さんと一緒にタクシーに乗り込んでいく。
走り去る車を、私は言葉を失ったまま見送るしかなかった。
「……凛? 顔、真っ赤だぞ。熱でもあるのか?」
不思議そうに覗き込んでくる朝陽くん。
「……なんでもない! 帰ろ!」
私は彼の腕を強引に引いて、マンションへと歩き出した。
お母さんに言われるまでもなく、離すつもりなんてないんだから。
第51話、お疲れ様でした。
凛ちゃん、大胆でしたね! 深夜のおでこコツンは、彼女なりの精一杯の愛情表現だったのでしょう。そして、さすがはお母様。すべてお見通しだったようです。
再び戻ってきた二人きりの時間。
「離さないように」というお母様のアドバイスが、凛の心にどう火をつけるのか。
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