第49話:お買い物と、達成感。
今回は、買い出し&お掃除完結編です。
店員さんからの勘違いに冷や汗をかいたり、作業終わりの空腹にスタミナ丼をぶち込んだり。
嵐の前の、どこにでもあるようで特別な、二人の午後の空気感を楽しんでもらえたら嬉しいです。
「……あついね」
「ああ、溶けそうだな」
外に出た瞬間、暴力的な熱気が体にまとわりついてきた。
アスファルトからは陽炎が立ちのぼり、街路樹からは耳を劈くような蝉の鳴き声が降り注いでいる。
隣を歩く凛は、オーバーサイズの白いTシャツにデニムのショートパンツという、昨日よりもさらにラフな格好だ。
キャップを深く被っているけれど、それでも隠しきれない肌の白さが、夏の光に反射して眩しい。
「ごめんね、朝陽くん。こんな暑い中、連れ出しちゃって」
「いいよ。どうせ僕も、パスタの保存容器が欲しかったんだ。……ほら、信号変わるぞ」
少しだけ早歩きになる凛のペースに合わせながら、僕たちは駅前にある大型の100円ショップへと逃げ込んだ。
店内の冷房に救われ、ようやく人心地つく。
平日の午後だというのに、店内は主婦や学生でそれなりに賑わっていた。
「……すごい。最近の100円ショップって、こんなに色々あるんだ」
凛は整然と並ぶプラスチックケースの棚を見て、感心したように声を上げた。
「侮れないよ。サイズさえ間違えなければ使い勝手がいいこともあるからな。……ええと、測ったサイズだと、この奥行きのやつが机の引き出しにぴったりなはず。」
僕はスマホのメモを見せながら、メッシュのカゴやスタッキングできる半透明のボックスをいくつかカゴに入れていく。
「朝陽くん、これ。液タブのペン立てにちょうど良くないかな?」
「お、いいな。底に滑り止めを敷けば安定しそうだ」
ああでもない、こうでもないと棚の間を歩き回る。
傍から見れば、ただの買い物なんだろう。けれど、自分の生活圏に彼女が当たり前のようにいて、一つの目的のために頭を悩ませている。その事実が、なんだかひどくむず痒い。
会計を済ませようとレジに並んでいる時だった。
少し年配の店員さんが、カゴの中身を見て微笑みかけてきた。
「あら、新生活の準備? 仲が良くていいわねぇ」
「え……」
「あ、いや、その……っ」
凛が目に見えて狼狽し、顔を真っ赤にする。
僕も「ただの隣人です」と言うタイミングを逃し、曖昧に会釈をして逃げるように店を出た。
帰り道、お互いに無言だったのは、暑さのせいだけではなかったと思う。
「……よし、これで全部入るはずだ」
帰宅後、再び凛の部屋へ。
さっき買ったばかりのボックスを並べ、散らばっていた画材や資料を仕分けていく。
凛の指示を聞きながら、ケーブル類をまとめ、細々とした替え芯やUSBメモリをケースに収めていく。
「朝陽くん、そこ。左側に寄せてくれる?」
「了解。……この資料の束は、このスタンドに立てておくぞ」
最初はどこから手をつけていいか分からなかったデスク周りが、パズルのピースが埋まっていくように、みるみる機能的になっていく。
最後に二人で交代しながら掃除機をかけ、床の埃を吸い取った。
カチッ、と掃除機のスイッチを切る。
あんなに騒がしかった部屋に、急に静寂が戻ってきた。
「……できた!」
凛が、完成した部屋を見渡して、ぽつりと呟いた。
仕事机の上はすっきりと整い、床には何も落ちていない。ご両親を迎え入れるのに、これ以上の状態はないだろう。
「……すごい…。私の部屋じゃないみたいに、ちゃんとしてる」
「凛が朝から頑張ったからだよ。僕はちょっと手伝っただけだ」
「ううん。一人だったら、きっと途中で投げ出してた。……ありがとう、朝陽くん」
そう言って笑う彼女の顔は、昨日の涙も、今朝のパニックも消えて、とても穏やかだった。
僕たちは、どちらからともなく、綺麗になったばかりのフローリングに並んで座り込んだ。
窓の外は、いつの間にか夕暮れの色に染まり始めている。
「……明日、お父さんたち来るんだよね」
「……うん。緊張してるの?」
「……ちょっとね。でも、この部屋を見せたら、少しは安心して納得してくれる気がする」
凛の言葉に、僕は小さく頷いた。
誰かのために部屋を整える。それは、自分の生活を、自分自身を大切にするということだ。
それを実感できた今の彼女なら、きっと大丈夫だ。
「……よし。今日は凛の部屋も綺麗になったことだし、ご飯にしようか!」
「うん!今晩は何を作ってくれるのかな?」
「今日のメニューは、スタミナ重視の『豚バラとニンニクの芽のスタミナ丼』です。
掃除で体力を使い果たした今の僕たちには、これくらいガツンとした味がちょうどいい。
「絶対美味しいやつ!!楽しみ!!」
二人で僕の部屋に戻り、冷蔵庫を覗く。
まずは、豚バラ肉を厚めに切り分ける。
熱したフライパンに油は引かない。肉を投入すると、バチバチと景気いい音が立ち上がり、透き通った脂が溶け出してくる。
そこに、5センチ幅に切り揃えたニンニクの芽を投入。
「……よし、いい色だ」
強火で一気に煽ると、ニンニク特有の食欲をそそる香ばしい匂いが一気にキッチンに充満した。
仕上げの調味料は、醤油、みりん、酒、そしてオイスターソースを少し。
ジャァァッ! と蒸発するタレの音が、心地よく耳を叩く。
最後に少しだけ豆板醤を加え、ピリッとした刺激をプラスする。
炊きたての白米を丼にこんもりと盛り、その上に照り輝く肉と芽をどっさりとのせる。
中心に卵黄を落とし、彩りにいりごまを振れば完成だ。
「お待たせ。冷めないうちに食おう」
「……わぁ、すごい。これ、絶対美味しいやつ……!」
彼女はすでに箸を持ってスタンバイしていた。
「いただきます!」
凛が勢いよく、一口目を頬張った。
卵黄を崩し、肉とタレが絡まったご飯を口に運ぶ。
「…………っ!!」
彼女は言葉にならない声を漏らし、幸せそうに頬を膨らませた。
「……美味しい。なんだか、生き返る!」
「それは良かった。」
凛はもぐもぐと咀嚼しながら、少しだけ真面目な顔をした。
「……明後日、お父さんたちに会って、この部屋を見せたら……きっと、私がちゃんとやっていけてるって、分かってくれると思うんだ。……朝陽くんのおかげだよ」
「……僕は、ただ飯を作ってるだけだよ」
「その『だけ』が、私には一番心強かったんだよ」
真っ直ぐに僕を見つめる彼女の瞳に、僕は居心地の悪さを感じて視線を逸らした。
冷房の効いた部屋で、二人で並んで食べる夕飯。
昨日おでんを食べて泣いていた彼女は、今はもう、前を向いて笑っていた。
「……ごちそうさまでした! 元気出た!」
空っぽになったどんぶりを見て、僕は満足げに頷いた。
「よし、お風呂入ってストレッチして寝よう!」
「うん。またあとでね!」
自分の部屋に戻り、お風呂に入る。
その後、いつも通りストレッチとマッサージをした。
一人でベットに深く腰掛ける。
胃の辺りに残る温かさと、鼻先に残る石鹸の香り。
明日、彼女のご両親に会う。
その重みを改めて感じながら、僕は静かに目を閉じた。
第48話をお読みいただき、ありがとうございました!
豚バラとニンニクの芽。そのシンプルで力強い味が、掃除終わりの二人の体に染み渡りました。凛ちゃんにとって、この「スタミナ丼」は朝陽くんからの最高の応援歌になったことでしょう。
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