第47話:不意打ちの帰国と、サポーターの覚悟
お母さんの味を再現したおでんを囲み、涙ながらに心を通わせた二人。
お腹も心も満たされた凛ちゃんは、どこか吹っ切れたような表情を見せます。
しかし、穏やかな夜のアイスタイムに、彼女から衝撃の事実が。
「……ふぅ。ごちそうさまでした。本当に、美味しかったぁ……」
おでんの鍋は、文字通り空っぽになっていた。あんなにたくさん作ったのに、凛は一心不乱に、けれど本当に幸せそうに完食してくれた。
「喜んでもらえてよかったよ。……次は倍量作らないとな」
「あはは、そうだね。私、こんなに食べたの初めてかも」
そう言って笑う凛の表情は、先ほどまで泣いていたせいか、驚くほどスッキリとしていた。
泣くとストレスが解消されるというのは本当らしい。
氷の令嬢という重い鎧を脱ぎ捨てて、心の中に溜まっていたものを全部吐き出せた。そんな清々しさが、今の彼女にはあった。
その後、それぞれがお風呂を済ませ、いつものように僕の部屋でストレッチとマッサージの時間を設けた。
一通りの日課を終え、僕は冷凍庫から昨日買ってきたアイスを取り出す。
「はい。昨日、食べ損ねただろ」
「あ……」
アイスを受け取った瞬間、凛の手がピタリと止まった。
みるみるうちに彼女の頬から耳の先までが真っ赤に染まっていく。
(……思い出したか)
昨日の夜、僕のベッドで朝まで爆睡してしまったこと。そして、このアイスを買いに行っている間に起きた「あの事件」。
凛は照れ隠しに、ガリガリと勢いよくアイスを頬張る。
「……美味いか?」
「……ひゃい、とっても」
口いっぱいにアイスを詰め込んで、頭を押さえている姿。
(……ほんと、可愛いな…。)
僕はその光景を、ただ微笑ましく眺めることしかできなかった。
アイスを食べ終え、少し落ち着いた頃。
凛が意を決したように、真っ直ぐ僕の目を見て話し始めた。
「あのね、朝陽くん。……さっきの電話、実はお母さんからだったの」
「ああ、そうみたいだな」
「……明後日から二泊だけ、海外出張中のお父さんとお母さんが、急にこっちに帰ってくることになったんだって」
「えっ……」
予想外のニュースに、僕の思考が一瞬止まる。
聞けば、おじいちゃんとはまだ喧嘩中だから実家には帰れないらしく、明後日の夜は凛の部屋に泊まることになったらしい。
「それだけじゃなくて。……私、お父さんやお母さんとよくメッセージでやり取りしてるんだけど。その……」
凛はもじもじと指先を弄りながら、視線を落とした。
「……朝陽くんのこと、もう言ってあるの。『いつもご飯を作ってサポートしてくれてる、優しくて頼りになる人がお隣にいるんだよ』って」
「……言ってしまったのか、僕のことを」
ただの「お隣さん」にしては、少しばかり情報が多すぎやしないだろうか。
「……それでね。もしよければ、……お父さんたちに会ってくれないかな?」
凛がおずおずと、上目遣いで僕を覗き込んでくる。
僕は反射的に断ろうとした。
「いや、でも。僕たちは別に、付き合ってるわけじゃないし……」
「……ダメ、かな? 朝陽くんを、両親に一番に紹介したかったの」
「…………」
その不安そうな瞳。そして、彼女の食事を、生活をサポートしている以上、ご両親に筋を通すのは当然の責任ではないか……。そんな料理人としての、あるいは一人の男としての「覚悟」が、僕の背中を押した。
「……わかった。明後日、ちゃんとお会いしてご挨拶するよ」
「本当!? ありがとう、朝陽くん!」
(なんてご挨拶したらいいんだ…。)
「……でも、そうなると一つ気になることがあるんだが」
「なに?」
「凛。……お前の部屋、掃除とか大丈夫か? ご両親が泊まるんだろ」
「えっ。……あ、……えっと…………多分」
泳ぐ視線。固まる思考。
凛の部屋には何度か入ったことがあるが、彼女が仕事に集中している時の「資料の山」を僕は知っている。
「……明日、一回確認するけどいいかな?……自分で掃除できそう?」
「ご確認、お願い致します。」
「……承知いたしました。」
「……というわけで、今日は寝ようか。ゆっくり休めよ」
「う、うん……。おやすみなさい、朝陽くん」
名残惜しそうに凜は部屋に戻っていった。
僕の夏休みは、さらに波乱の予感を孕んで動き出した。
第47話をお読みいただき、ありがとうございました!
おでんの後の爽快感から一転、朝陽くんに最大級のミッションが下されました。
ご両親へのご挨拶。そして、その準備としての「お部屋チェック」。凛ちゃんがどんな風に自分を紹介したのか気になりつつも、まずは目の前の掃除問題が立ちはだかります。




