第45話:君のいた場所と、これから描く二人の時間
お昼ご飯の焼きそばを食べ終え、穏やかな昼下がり。朝陽は、もっと凛をサポートするために、彼女のルーツを知ろうと「出身地」について尋ねます。
焼きそばのソースの香りが微かに残るリビングで、僕はふと思ったことを口にした。
もっと彼女をサポートするために、彼女がどんな環境で育ち、どんな味に馴染んできたのかを知っておきたかったからだ。
「凛。……一つ、聞いてもいいか?」
「ん? なーに、朝陽くん」
お揃いのマグカップを両手で包み、凛が小首を傾げる。
「凛って、出身はこの辺なのか? ……その、君のことを、もう少し知っておきたいなと思って」
「……っ!」
凛の頬が、見る間に林檎のように赤くなる。
「……私のこと、知りたいの? ……えへへ、なんだか嬉しいな」
少し照れくさそうに、けれどどこか誇らしげに、彼女は自分のことを話し始めた。
「出身は、お隣の県だよ。中1の時に、両親が6年間の海外出張に行くことになって……。それで高校に入るまでは、ずっとおじいちゃんの家に預けられてたの」
「中1から……。じゃあ、今は一人だけど、それまではずっとおじいさんと一緒だったんだな」
「うん。でもね……。おじいちゃん、私がイラストの仕事をするのにずっと反対してて。最後は喧嘩になって、なかば引き離されるようにここへ来たんだ。今は、ちょっと絶縁状態……かな」
「……そうだったのか。ごめん、聞きにくいことを聞いた」
謝る僕に、凛は「いいの、朝陽くんにだけは聞いてほしかったから」と小さく笑った。
幸い、ご両親とおばあちゃんは彼女の夢を全力で応援してくれているという。
いつか、立派な仕事をしておじいちゃんに認められたい。そう語る彼女の瞳は、真っ直ぐで力強かった。
(……中1から、両親と離れ離れか)
境遇は、僕とよく似ている。
けれど、彼女にはいつか帰る場所があり、会える家族がいる。
一度は人生を諦めようとした僕とは、決定的に違う「希望」がある。
その事実に、僕は自分のことのように安堵した。出会ってまだ日は浅いけれど、この子には絶対に幸せになってほしい。心から、そう思った。
「……6年か」
ふと、頭の中で計算が弾かれた。
両親の海外出張が6年間ということは、彼女が高校を卒業する頃には、ご両親が帰国するということだ。
それはつまり、卒業と同時に彼女はこの部屋を引き払い、実家へと戻ることを意味している。
(……それなら、なおさらだ)
彼女がこの部屋を出ていくその日まで。
実家に戻ってからも、彼女が困らないように。
今のうちに、最低限の家事や料理を完璧に教えてあげよう。
それが「協力者」として、今の僕にできる一番のサポートのはずだ。
「……凛。これから少しずつ、料理とか家事を教えていこうかと思ってるんだ。卒業してからも、君が困らないように」
彼女の将来を思って口にした、完璧な正論。
けれどその瞬間、胸の奥が、焼けるようにチリチリと痛んだ。
「え? 料理教えてくれるの? やったぁ、朝陽くんに教えてもらえるなら、私、頑張る!」
無邪気に喜ぶ凛の笑顔が、なぜか直視できない。
彼女の「自立」を願っているはずなのに。彼女の「幸せ」を望んでいるはずなのに。
僕の心は、自分でも正体のわからない感情に支配されていた。
卒業式のあとの、静まり返った部屋。
机に残された合鍵と、彼女のいなくなった、元の「灰色」に戻った僕の日常。
そんな光景を想像しただけで、息が詰まりそうになる。
「……どうしたの、朝陽くん? 難しい顔して」
「……いや、なんでもない。さ、片付けちゃおうか」
僕は無理に微笑み返し、視線を逸らした。
この胸の痛みの正体に気づくには、僕はまだ、自分の「欲」に無頓着すぎたのかもしれない。
第45話をお読みいただき、ありがとうございました!
凛ちゃんの過去が少し明らかになり、二人の共通点と相違点が見えてきた回でしたね。「自立させてあげなきゃ」という朝陽くんの優しさが、自分自身の首を絞めてしまう……。この「胸の痛み」の答えに彼がいつ気づくのか、見守っていきたいところです。
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