第44話:献立メモと、ひだまりの寝顔
自分のベッドを貸してソファで夜を明かした朝陽。凛を仕事へ送り出した後、彼は「もっと彼女を支えたい」という一心で、これまでの食事の反応をまとめたメモを手に献立を練ります。
「……よし、掃除と洗濯は終わり」
凛を自分の部屋へ送り出した後、僕は重い体に鞭打って家事を片付けた。
さて、今日の昼飯はどうするか。
凛は今、仕事がかなりハードな時期らしい。僕にできるのは、食生活を中心に彼女の生活を万全にサポートすることだ。
僕は一冊の小さなノートを開いた。
そこには、これまで僕が作った料理に対する凛の反応が細かく書き留めてある。
『肉じゃが:人参を食べる時、少しだけ口角が上がった。甘めが好み?』
『オムライス:一口目で目が輝いた。ケチャップは多めがいいらしい』
(……読み返すと、ストーカーみたいだな)
苦笑いしながらも、僕はペンを走らせる。
でも、僕はまだ、彼女のことを全然知らない。
好きな食べ物、苦手なもの、仕事への向き合い方。もっと深く知っておいた方が、サポートもしやすくなるはずだ。
(……質問攻めは嫌がられるだろうし。少しずつ、聞いていくか……)
そんなことを考えているうちに、強烈な睡魔が襲ってきた。
一睡もしていないのだから当然だ。視界がぐにゃりと歪み、ペンが指から滑り落ちそうになる。
(……せめて、ソファーまで……)
僕は這うようにしてソファへ移動し、横になった途端、意識は深い闇へと沈んでいった。
一方、凛は自分の部屋で順調に午前のノルマを終えていた。
「よし! お昼だ! 今日は何かなー!」
伸びをして、弾むような足取りで朝陽の部屋へと向かう。
合鍵を鍵穴に差し込む時、未だに心臓がトクンと跳ねる。まるで、本当の家族か、それ以上の関係になったような錯覚。
「お邪魔しまーす……」
そっとドアを開ける。
いつもなら、玄関まで漂ってくるご飯の美味しそうな匂い。
けれど、今日は朝陽の部屋特有の、落ち着く匂いしかしない。
「……朝陽くん?」
リビングに入ると、そこには意外な光景が広がっていた。
ソファでぐっすりと眠る朝陽。
その傍らのテーブルには、一冊のノートが開いたまま置かれていた。
(……これ、献立?)
凛は吸い寄せられるようにノートを覗き込み、そして息を呑んだ。
そこには、自分が何気なく食べた料理への反応が、驚くほど丁寧に、そして優しく記録されていたのだ。
(……こんなに、私のこと見ててくれたんだ)
自分の知らないところで、自分以上に自分のことを考えてくれている人がいる。
凛の胸の奥が、じわりと熱くなる。
昨夜、彼がソファで寝ることになったのは自分のせいだ。それなのに、彼は起きてすぐに自分のためにメニューを考えてくれていた。
凛はそっと、ソファの横に膝をついた。
初めて見る、朝陽の寝顔。
いつもは少し眉間に皺を寄せて難しい顔をしていることが多いのに、今は驚くほど穏やかで、あどけない。
まつげが意外と長いこと。
自分より少しだけ、陽に焼けた肌の色。
「……いつも、ありがと。朝陽くん」
誰にも聞こえないほどの小さな声で、凛は呟いた。
感謝と、言葉にできない愛おしさが溢れ出し、彼女は無意識のうちに顔を近づけていた。
あと数センチで、お互いの吐息が触れ合う距離。
その時。
「…………ん」
朝陽の瞼が、ゆっくりと持ち上がった。
「っ!? ……わっ!」
「……え、……凛?」
目の前に、凛の潤んだ瞳と、真っ赤になった顔がある。
至近距離で視線が絡み合い、二人の時間は完全に停止した。
「……ごめん。昼飯、まだ作ってなくて……」
寝ぼけ眼で、それでも第一声に「食事」のことを心配する朝陽。
凛は堪えきれずに、ふにゃりと、けれどどこか泣きそうな笑顔を浮かべた。
「いいの。……お昼は、一緒に作ろ?焼きそば食べたい!」
二人の夏休み。
合鍵が開けたのは、部屋のドアだけではなく、お互いの心の奥底にある「特別」への扉だった。
第44話をお読みいただき、ありがとうございました!
「彼女の好きなものを知りたい」とメモを作る朝陽くん。そんな彼の努力を、寝顔のおまけ付きで見つけてしまった凛ちゃん。付き合っていない二人ですが、お互いを思いやる気持ちは、もう立派なパートナーのようですね。
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