第43話:お姫様抱っこと、眠れない夜
ソファで無防備に眠りに落ちてしまった凛ちゃん。起こそうとしても起きない彼女を前に、朝陽は究極の選択を迫られます。
「……おい、凛。本当に起きないのか?」
何度か肩を揺らしてみたが、凛は「むにゃ……」と小さく声を漏らすだけで、一向に起きる気配がない。
このままソファで寝かせるのは、さすがに体が痛むだろう。
かといって、隣の彼女の部屋まで運ぶのは……深夜にご近所さんに見られたら言い訳が立たないし、万が一段差や廊下で足を踏み外したら危ない。
(……消去法で、僕のベッド、か)
僕は大きく深呼吸をして、意を決した。
変なところに触れないよう、細心の注意を払いながら、彼女の膝裏と背中に腕を回す。
「……っ」
持ち上げた瞬間、鼻をくすぐったのは彼女のシャンプーの甘い香りだった。
思ったよりもずっと軽く、けれど腕の中に伝わる体温は驚くほど確かで。
心臓がうるさいくらいに鳴るのを無視して、僕は彼女を寝室へと運び、ゆっくりとシーツの上へ下ろした。
「仕事、お疲れ様。……おやすみ、凛」
布団をかけ、最後に一度だけ、頑張った彼女の頭をそっと撫でる。
それから僕は逃げるようにリビングへ戻り、硬いソファに身を投げ出した。
……眠れるはずがなかった。
隣の部屋には、僕のベッドで、僕の布団に包まれて、クラス一番の美少女が眠っているのだ。
結局、僕は一睡もできないまま、カーテンの隙間から差し込む朝日を迎えることになった。
「……飯、作るか」
重い体を引きずってキッチンへ向かう。
気を紛らわすために選んだメニューは、ホットサンドだ。
ハムとチーズ、それに少しのバジルを挟んで、プレス機にかける。
チーズがとろける香ばしい匂いが漂い始め、ようやく少しだけ冷静さを取り戻せた気がした。
だが、出来上がっても凛は起きてこない。
(……生きてるよな、あいつ)
少し不安になり、僕は恐る恐る寝室のドアを開けた。
「凛、朝だぞ。起きろ」
朝の光の中で、僕の枕に顔を埋めてスヤスヤと眠る凛。
そのあまりにも無防備な姿に、僕は溜息をついた。本当に、男として一ミリも警戒されていないらしい。……それはそれで、良かったのかもしれない。
肩をポンポンと叩くと、凛がようやく重い瞼を持ち上げた。
「……ん、……朝陽、くん?」
ぼんやりとした視線が僕を捉え、それからゆっくりと周囲を見渡し――数秒後、彼女の顔が爆速で真っ赤に染まった。
「え、えええ!? なんで私、ここに!?」
「ソファで何しても起きないから、運んだんだよ。……僕のベッドで悪いけど」
「……は、運んでくれたの?」
「ああ。そのまま寝かせるわけにいかないだろ」
凛は布団を握りしめ、上目遣いで僕を盗み見てくる。
「……どうやって、運んだのかな?」
「横抱き。……それ以外に方法、ないだろ」
「…………っ」
凛は絶叫に近い声を上げると、僕の布団を頭まで被り、芋虫のように丸まってしまった。
「恥ずかしい! もう無理、顔が見られない!」
「……それ僕の布団なんだけど。……いいから、冷めないうちに飯食うぞ」
それから凛は一度自分の部屋へ戻って歯を磨き、再び僕の部屋へやってきた。
食卓に並んだホットサンドを、二人で頬張る。
「……よく寝てたな。寝苦しくなかったか?」
「ううん。……すっごく、安心して寝られたよ」
凛は少し照れくさそうに、けれど満面の笑みでそう言った。
その「安心」という言葉。自分への信頼の証だと分かってはいても、あんなにドキドキしていた自分との温度差に、僕はつい彼女をじっと見つめてしまう。
「……なに? 私、また何か変なことした?」
「いや、……よっぽど疲れてたんだなと思ってさ」
僕がそう茶化すと、凛は「むぅ」と頬を膨らませた。
その仕草が、不覚にも、……いや、文句なしに可愛いと思ってしまった。
「さて、午前中仕事するね! またお昼ね、朝陽くん!」
元気を取り戻した凛が、合鍵を揺らして自分の部屋へと戻っていく。
静かになったリビングで、僕は冷めたコーヒーを飲み干した。
僕の夏休みは、想像以上に心臓が保ちそうにない。
第43話をお読みいただき、ありがとうございました!
自分のベッドを明け渡してソファで夜を明かした朝陽くん、本当にお疲れ様でした。凛ちゃんの「安心して寝られた」という言葉は、信頼の証でありながら、朝陽くんにとってはちょっとした試練ですね。




