第37話:ペアマグカップと、僕の知らない君の筆跡
陽菜(佐藤さん)の鋭すぎる監視をくぐり抜け、無事に誕生日プレゼントを買い終えた二人。
朝陽が選んだのは、凛がイラストを手掛けたラノベ全巻。そして、凛が隠し持っていた秘密の袋。
帰宅後の静かな部屋で、凛が用意していた二つ目のサプライズがお披露目されます。
買い物袋の重みが、なんだか心地よかった。
自分の部屋に戻り、カバンからずっしりと重いラノベ5冊を取り出していると、隣で凛がソワソワとバッグを探り始めた。
「……あ、あのね。朝陽くん。さっき言ってた、もう一つのプレゼントなんだけど」
差し出されたのは、小さな、けれど丁寧にラッピングされた紙袋。
僕が促されるままにリボンを解くと、中から現れたのは、シンプルながらも温かみのあるペアのマグカップだった。
僕のが深いネイビーで、凛のが柔らかいアイボリー。
「……ペア、か?」
「え、あ、違うよ! いや、違わないけど! ……その、朝陽くんの部屋に私の専用コップが置いてあるのも変かなって。お揃いのデザインなら、どっちがどっちか分かりやすいし……」
「……そうか。ありがとう、大切にするよ」
「……うん」
凛は顔を真っ赤にして俯いたが、その耳まで赤くなっているのを見て、僕の胸もなんだか熱くなった。
ペアなんて、これじゃまるで――いや、考えるのはよそう。
僕はさっそく、新しいマグカップでコーヒーを淹れた。
二つのカップがキッチンに並んでいる光景は、驚くほど自然で、それでいてひどく特別に見えた。
ソファに座り、僕はプレゼントでもらったラノベの2巻を手に取る。
「……さて、読ませてもらうかな」
「っ! 待って! やっぱり、読むのは私がいなくなってからにして! 恥ずか死ぬ!」
凛が僕の手元を隠そうと必死に手を伸ばしてくる。
それを軽くかわしながら、僕は表紙をめくった。
「……すごいな。学校の君からは、全然想像できない」
「……うぅ。……見ないでよ」
イラストのページになるたびに、凛が魂を込めて描いたであろうキャラクターたちが躍動している。
繊細な線、温かい色使い。
そこには、僕が知っている「氷の令嬢」でも、僕の前で見せる「ドジな女の子」でもない、一人の表現者としての凛がいた。
「力強くて……それでいて、すごく優しい絵だ。……綺麗な絵を描くんだな、凛は」
僕が本音を漏らすと、凛はソファのクッションに顔を埋めて「……もう、バカ」と小さく呟いた。
そんなしっとりとした空気を切り裂くように、凛のスマホが再び震えた。
またもや、あの「刺客」からだ。
「……また陽菜だ。……なになに?」
陽菜: お揃いのマグカップ買ったでしょ? ちゃんと二人で使ってる写真送るのよ(笑) 誕生日の夜に二人きり……進展あったら報告よろしく!
「…………なんで知ってるの!? エスパーなの!? 」
凛がソファの上で跳ね上がった。
あまりにも見事なタイミングのメッセージに、僕は今日初めて、声を上げて笑ってしまった。
「……ふふ、あはは! 佐藤さんには敵わないな」
「笑い事じゃないよ朝陽くん! 恥ずかしくて、もう明日から学校行けない……!」
「明日からは夏休みだろ。」
僕がそう言うと、凛は「あ……」と動きを止め、それから少しだけ安心したように、ふにゃりと笑った。
夜も更け、凛が自分の部屋へ戻る時間になった。
玄関のドアを開け、外に出た凛が、最後にもう一度僕を振り返った。
「……朝陽くん。今日は、本当にありがとう。……あなたが産まれてきてくれて、今ここにいてくれて、本当によかった」
街灯の光に照らされた彼女の瞳は、昼間よりもずっと深く、優しく僕を見つめていた。
「……ああ。ありがとう。おやすみ、凛」
ドアを閉め、静かになった部屋で、僕は机に残されたペアのマグカップを見つめる。
僕が一度捨てようとした命を、こんなにも大切に思ってくれる人がいる。
明日からは夏休み本番。
毎日、彼女がこのドアを叩き、僕の日常を鮮やかに彩ってくれる。
これまでにないほど穏やかな心で、僕は新しいマグカップを手に取った。
第37話をお読みいただき、ありがとうございました。
「お揃い」という、二人だけの小さな秘密が形になった回でした。凛ちゃんの照れ隠しの言い訳と、朝陽くんの不器用な優しさが重なり合う空気感、楽しんでいただけたでしょうか。
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