第36話:秘密のモールと、一番欲しかったもの
「生きていてくれて、ありがとう」
昨日の誕生日で、凛の真っ直ぐな言葉に救われた朝陽。プレゼントを一緒に選ぶため、二人は夏休み初日の午後に外出することになります。
「氷の令嬢」だとバレないよう、カジュアルな服装に変装した凛。知り合いを避けるために電車で5駅離れたショッピングモールへ向かいますが、そこには思わぬ「監視の目」が……。
午後二時。宣言通りに仕事を片付けた凛が、僕の部屋のドアを叩いた。
現れた彼女の姿を見て、僕は思わず言葉を失う。
「……どうかな。これなら、バレないと思うんだけど」
いつもの「氷の令嬢」ではない。大きめの白いTシャツに、少しタイトなデニムパンツ。さらりとした髪をキャスケット帽の中に隠し、度の入っていない伊達メガネをかけている。
「……ああ。いいんじゃないか。普通に大学生の休日って感じで」
嘘だ。全然「普通」じゃない。
ラフな格好をすることで、逆に彼女のスタイルの良さと、隠しきれない透明感が際立っている。
(……カジュアルすぎて逆に新鮮だ。……いや、隠しきれないくらい可愛いんだよな)
そんな本音は、お互いのために飲み込んだ。
「ここなら、知り合いにも会わないと思う」
僕たちは電車に揺られ、地元から5駅離れた大きなショッピングモールへやってきた。
夏休み初日ということもあり、モール内は家族連れやカップルで溢れかえっている。人酔いしそうな混雑の中、凛がおずおずと僕に近づいてきた。
「……朝陽くん。はぐれそうだから、掴まっててもいい?」
「え? ああ、いいよ」
てっきり袖口でも掴むのかと思ったら、凛は僕のシャツの裾をぎゅっと握りしめた。
後ろからトコトコとついてくるその姿は、まるで迷子にならないように必死な子供のようで、胸の奥がくすぐったくなる。
だが、幸せな時間は唐突に遮られた。
ピコン、と凛のスマホが鳴る。
「……あ、陽菜からだ。なんだろう」
画面を覗き込んだ凛の顔が、一瞬で真っ赤に染まった。そこには、目を疑うような文面が踊っていた。
陽菜: デート楽しんでる? おじいちゃん(笑)によろしく! 裾掴むとか可愛すぎ! 5駅先まで遠征お疲れ様ー♪
「…………っ!?」
凛が音速で周囲を見渡すが、人混みの中に陽菜の姿はない。
(絶対バレてる。)
陽菜の鋭すぎる嗅覚に、僕たちは戦慄しながら、その場を後にした。
「……それで、朝陽くん。何が欲しい? 何でも言って」
動揺を隠すように、僕は少し強引に凛を本屋へ連れて行った。
僕は迷うことなく、ある棚の前で足を止める。
「……これ、全巻。プレゼントしてくれないか?」
僕が指差したのは、凛がイラストを担当しているラノベ全5巻だった。
「え……っ、これ? でも、これ私の……」
「わかってるよ。でも、君が家で一生懸命、それこそ肩を石みたいに硬くして描いてた仕事だろ。……僕はそれを、ちゃんと全部読みたいんだ。他のどんな高いものより、これが一番欲しい」
僕が真っ直ぐにそう告げると、凛はメガネの奥の瞳を潤ませ、泣き出しそうな、けれどこれ以上ないくらい幸せそうな笑顔を浮かべた。
「……うん。わかった。……買おうね」
会計を済ませた後、「ちょっと見たいものがあるから、あそこのベンチで待ってて!」と、凛が一人でキッチン雑貨の店へ走っていった。
十分後、戻ってきた彼女の手には、少し小さな、けれど丁寧にラッピングされた紙袋が握られていた。
「何買ったんだ?」
「……ひーみーつ。これは、お家に着いてからのお楽しみだから」
凛はいたずらっぽく笑って、その袋を大切そうに自分のバッグに隠した。
(……なんだろうな。でも、あんなに嬉しそうにしてるなら、聞かないでおこう)
買い物を終えて駅を出ると、街は淡いオレンジ色の夕暮れに包まれていた。
ラノベ5冊が入った少し重たいカバンを持つ僕と、内緒の袋を抱えて隣を歩く凛。
「……ねえ、朝陽くん。来年の誕生日も、また一緒にここに来ようね?」
「……来年なんて、どうなってるか分からないよ?」
「ううん。また私が、こうやって裾を掴んでついていくから。……約束だよ?」
そう言って僕の裾を再びぎゅっと握り締める凛。
「……まあ、気が向いたらな」
ぶっきらぼうな僕の答えに、凛は「ふふ、楽しみにしてる」と嬉しそうに笑った。
オレンジ色の光に溶けていく二人の影。
家に帰れば、次は二人だけの「二次会」が待っている。
お揃いのマグカップがお披露目されるまで、あと少し。
第36話をお読みいただき、ありがとうございました。
5駅先まで遠征したのに、ピンポイントで陽菜ちゃん(佐藤さん)に目撃されてしまう凛ちゃんの運の悪さ……いえ、陽菜ちゃんの嗅覚が鋭すぎましたね!
物質的な価値よりも「彼女の努力」を肯定する朝陽くんの優しさが、凛ちゃんの心を撃ち抜きましたね。
来年も一緒にいてほしいと思った方は、ぜひ評価やブックマークをよろしくお願いします!




