第296話:肉まんと、隣り合わせの作業時間
水曜日の放課後。
12月も半ばになると、夕方の空気は肌を刺すように冷たくなってくる。
「うぅ……今日は一段と寒いね……」
隣を歩く凛が、制服の袖口から少しだけ出した両手をこすり合わせている。
マフラーはしっかり巻いているが、手には何も着けていない。
「お前、手袋は?」
「週末、朝陽くんと一緒に買いに行くまで我慢しようと思って……」
「アホか。週末までに風邪引くぞ」
ため息をつきながら、俺はブレザーのポケットに入れていた携帯カイロを取り出し、彼女の小さな手に押し付けた。
「わっ、温かい」
「駅前のコンビニ寄ろうぜ。間に合わせの安い手袋でいいから、とりあえず買っとけ」
「えー、でも……」
「俺が心配なんだよ。手が真っ赤じゃないか」
「……うん、わかった」
カイロごと彼女の手を軽く握ると、凛は少しだけ嬉しそうに頬を緩めた。
駅前のコンビニに入り、日用品コーナーで適当なニットの手袋をカゴに入れる。
それから、レジ横のケースで湯気を立てている中華まんにも目が留まった。
「凛、肉まんも一つ買っていいか? なんか温かいもの食いたくて」
「あ、私も食べたい!」
『特製・黒豚肉まん』を一つ追加して会計を済ませる。
店を出て、凛はさっそく買ったばかりのシンプルな手袋を身につけた。
「どうだ?」
「うん、あったかい。週末までのつなぎには十分だね」
「よし。じゃあ、これ」
俺は紙包みを開け、ふっくらとした肉まんを半分に割った。
白い湯気と一緒に、豚肉とごま油のいい匂いがふわりと広がる。
「はい、半分こ」
「ありがとう!」
手袋をした両手で肉まんを受け取った凛は、小さく口を開けた。
「はふっ……んんっ、美味しいっ!」
もっちりした少し甘めの生地に、ジューシーな黒豚肉の餡がしっかり詰まっている。
タケノコのシャキシャキとした食感もいいアクセントだ。
俺も残りの半分を頬張る。
寒い外で二人で食べる熱々の肉まんは、普段の何倍も美味く感じた。
そして、その日の夜。
夕飯とお風呂を済ませたリビングには、静かな作業音が響いていた。
テーブルの右側では、俺がノートパソコンを開いて動画編集ソフトと睨めっこしている。
左側では、凛が液晶タブレットに向かい、真剣な顔でペンを走らせていた。
カチャカチャというクリック音と、コツコツというペン先の音。
普段は俺に甘えっぱなしで隙だらけのくせに、こうして絵を描いている時の彼女は、プロのイラストレーターとしての顔になる。
邪魔をしないよう、俺も黙々と自分にできる作業――二人で企画した動画の編集を進めた。
(……なんか、こういうのも悪くないな)
お互い別のことをしているのに、すぐ隣にいる。
この適度な距離感が、なんだか心地よかった。
夜の十時を回った頃。区切りがついた俺は立ち上がり、キッチンでお湯を沸かした。
マグカップにココアパウダーと少量のホットミルクを入れ、よく練ってお湯を注ぐ。
仕上げに小さなマシュマロをいくつか浮かべた。
「凛、お疲れ。ちょっと休憩しろよ」
テーブルに戻り、タブレットの横にマグカップを置く。
「あ……ありがとう、朝陽くん」
凛はペンを置き、大きく伸びをしてからマグカップを両手で包み込んだ。
一口飲むと、張り詰めていた顔がふわりと緩み、いつもの『ふにゃっ』とした笑顔に戻る。
「ふぅ……甘くて美味しい。マシュマロとろとろだぁ……」
「だいぶ根詰めてるみたいだけど、仕事、ヤバいのか?」
俺が隣に座り直して聞くと、凛は少し照れくさそうに笑った。
「ううん、締め切りはまだ先だよ。でも、今週末は朝陽くんとお買い物デートして、そのあとは『こたつ』で一生ダラダラするって決めてるから。今のうちに今週のノルマを終わらせちゃおうと思って」
「……お前なぁ」
こたつでダラダラするために全力で修羅場を乗り越えようとするなんて、呆れるやら感心するやら。
でも、その時間を俺と過ごすために頑張っているのかと思うと、やっぱり悪い気はしない。
「そっか。じゃあ、週末は気兼ねなくこたつでぬくぬくできるな」
「うんっ! 朝陽くんの動画編集は、どう?」
「今週中には一本目が完成しそうだよ。週末、一緒にチェックしてくれるか?」
「もちろん! すっごく楽しみ!」
溶けかけたマシュマロ入りのココアを飲みながら、俺たちは週末の予定について話し合った。
窓の外は相変わらず冷え込んでいるが、部屋の中は十分に温かかった。
第296話、いかがだったでしょうか。
寒空の下校、カイロを押し付けてからのコンビニ寄り道。学生の帰り道らしい、ちょっとした買い食いイベントでした。




