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隣のクラスの「氷の令嬢」が、隣の部屋で空腹のあまり倒れていた件。〜胃袋を掴まれた彼女が、俺の前でだけ「ふにゃふにゃ」になるまで〜  作者: 比津磁界
第2章

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第295話:寒波の予報と、冬の魔物

 トントントン、と一定のリズムでまな板と包丁が触れ合う音が、静かなキッチンに響く。

 月曜日の朝。

 俺はいつものように、並んで食べる二人分の朝ご飯を作っていた。


 「ふわぁ……おはよう、朝陽くん……」

 「おはよう。まだ少し眠そうだな」


 隣の部屋からやってきた凛が、パジャマの上に少し厚手のカーディガンを羽織り、目をこすりながらリビングに姿を現した。


 「うん……夜中にふと目が覚めちゃって。一人のお布団がなんだか広くて、落ち着かなくて……」

 「……っ」


 お泊まりが終わった直後の、その寂しそうな声。

 俺自身も昨日の夜、隣に彼女がいないベッドの静けさにやられて寝付けなかったからこそ、その気持ちが痛いほどよくわかった。


 「そ、そっか。……まあ、俺もあんまりよく眠れなかったけど」

 「えへへ……お揃いだね」


 少し照れくさそうに笑い合うと、朝の少し冷えた空気がほんのりと温かくなった気がした。


 「ほら、ご飯できたから座って」


 テーブルの上に、湯気を立てるお茶碗と、豆腐とわかめのお味噌汁、そして少し甘めに焼いた卵焼きを並べる。

 「いただきます」と手を合わせ、凛がお味噌汁を一口飲むと、その顔がふにゃりとほころんだ。


 「はぁ……温かい。朝陽くんのお味噌汁、朝の体にしみるよ」

 「よかった。今日は少し冷えるみたいだからな」


 そんな穏やかな朝の会話をしていると、つけていたテレビのニュース番組から、お天気キャスターの少し張りのある声が聞こえてきた。


 『続いてはお天気です。今週末、今年最大の寒波が日本列島に到来する見込みです。平地でも初雪が降る可能性がありますので、万全の防寒対策を――』


 「雪……降るのかな」

 「予報だとそうみたいだな。凛、寒いの苦手だろ? 風邪引かないように、少し早めに冬の準備しておかないとな」


 お箸を持ったまま少しだけ身をすくめる彼女を見て、俺は週末に向けて少し部屋の環境を整えようと心の中で決めていた。


 そして、その日の夜。

 俺の部屋のリビングには、醤油と出汁の甘くていい匂いが充満していた。


 「んんっ……! この大根、すっごく味が染みてて美味しいっ……!」


 テーブルの向かい側で、凛が幸せそうに頬を押さえている。

 今夜のメニューは、寒さ対策も兼ねた温かい和食。

 『豚バラと大根のトロトロみぞれ煮』だ。


 フライパンで香ばしく焼き目をつけた豚バラ肉と、下茹でした大根を、たっぷりの出汁と醤油、みりんでじっくりと煮込む。

 仕上げにたっぷりの大根おろしを加えて、少しとろみをつければ完成だ。


 「豚肉も柔らかいし、とろとろのみぞれダレがご飯にぴったり合う……」

 「大根おろしのおかげで体も温まるから、たくさん食べて温まってくれ」

 「うんっ!」


 俺の作ったご飯を食べて、完全に警戒心を解いて微笑むこの顔。

 この美味しそうに食べる姿を見るのが、俺にとっては何よりの癒やしだった。


 「……そういえばさ、凛」

 「ん?」

 「朝のニュースでも言ってたけど、今週末からかなり冷え込むみたいだし、そろそろ押し入れの奥にしまってある『こたつ』、出そうかと思うんだけど」


 「……こたつ」


 俺の口から出たその単語を聞いた瞬間、凛の肩がビクッと跳ねた。

 味が染みっ染みの大根を掴もうとしていた箸が、空中でピタリと止まっている。


 「どうした? こたつ、あまり好きじゃなかったか?」

 「ううん、嫌いじゃないよ。嫌いじゃないんだけど……」


 凛は箸をお茶碗の上に置き、ひどく真面目な顔を作って俺をじっと見つめた。


「……朝陽くん。こたつはね、私の天敵なんだよ」

「天敵って。……なにかあったのか?」


俺が少し驚いて聞き返すと、凛は小さく頷いた。


「あのぬくぬくの誘惑は本当に危険なの。昔、実家でこたつに入りながらタブレットで作業しようとしたことがあったんだけど……気がついたら意識が飛んでて。目が覚めたら、納期の数時間前だったことがあって」

「うわ……それは、確かに冷や汗が出るな」

「あの時のことは、今思い出しても鳥肌が立つよ……。だから私、一人暮らしを始める時に『絶対に自分の部屋にはこたつを置かない』って心に決めたの」


 真剣なトーンで語る凛の過去のトラウマに、俺は苦笑するしかなかった。

 確かに、プロとして命を削るように締め切りと戦っている彼女にとって、こたつの持つ魔力は天敵かもしれない。


 「なるほどな。それは確かに手強いな」

 「でしょ? だから、うちにはこたつは……」

 「でもさ」


 俺は温かいほうじ茶の入った湯呑みを手に取りながら、優しく言葉を継いだ。


 「こたつを出すのは、俺の部屋のリビングだからさ。仕事に集中しなきゃいけない時は、壁の向こうの自分の部屋で作業すればいい。それに、もしお前が俺の部屋でこたつに入って寝落ちしそうになっても、俺がちゃんと時間を見て声かけるよ」

 「……朝陽くんが、起こしてくれる?」

 「ああ。温かいお茶でも淹れて、ちゃんと目覚ましの代わりになるから、安心していいよ」


 俺がそう告げると、凛は目をぱちくりと瞬かせた。

 そして、少しだけ俯いてから、パッと顔を明るくした。


「そっかぁ。朝陽くんがちゃんと見ててくれるなら……大丈夫かも」


 頬をほんのりとピンク色に染めて、嬉しそうに微笑む。


 「それに……朝陽くんと一緒に入るこたつ、ちょっと憧れるし」

 「……そうか」


 そんな嬉しい言葉を不意打ちで言われて、俺は動揺を隠すように少しだけ視線を逸らした。


 「……っと。じゃあ、週末はこたつを出すことにしよう。……あ、そうだ」

 「ん?」

 「本格的に寒くなる前に、週末、一緒に手袋とかマフラーも見に行かないか?」


 どうせなら、お互いに似合う防寒具を選び合うのも悪くない。

 そう思って提案すると、凛の顔は今日一番の輝きを見せた。


 「行く! 絶対行く!」

 「よし、じゃあ週末は買い物とこたつの準備だな。……ほら、冷めないうちにみぞれ煮食べてしまおう」

「うんっ!」


 再び箸を持った凛が、とろとろの豚肉を頬張って「ん〜っ!」と幸せそうに目を細める。

 外に迫る寒波なんて少しも気にならないくらい、俺の部屋の中は、温かくて平和な空気に包まれていた。

第295話、ありがとうございました。

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