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隣のクラスの「氷の令嬢」が、隣の部屋で空腹のあまり倒れていた件。〜胃袋を掴まれた彼女が、俺の前でだけ「ふにゃふにゃ」になるまで〜  作者: 比津磁界
第2章

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第294話:彼氏の答えと、未来への指切り

 「私たち……もう、正式に一緒に住んじゃわない?」


 大好きな彼女の口から飛び出した、あまりにも不意打ちすぎる提案。

 俺の頭の中は一瞬にして真っ白になり、手に持っていたチョコレートを危うくラグマットの上に落としそうになった。


 「一緒に、住むって……」

「 だってさ、よく考えたら、ご飯を食べるのもお風呂に入るのも、いつも朝陽くんのお部屋で一緒でしょ? お休みの日だって、こうしてずっと一緒にいるし。別々なのは、本当に夜寝る時だけなんだよ」


 少しだけ早口に、言い訳のようにそう捲し立てる凛。

 パジャマの袖口をぎゅっと握りしめるその手からは、ただ単にわがままを言っているわけではなく、純粋に「明日から離れたくない」という、切実な本音が痛いほど伝わってきた。


 大好きな相手から、そんな風に求められて。

 男として、いや、一人の人間として、嬉しくないわけがない。

 正直なところ、俺の内心は大きく揺らいでいた。

 今すぐ「そうだな、一緒に住むか」と頷いて、彼女を抱きしめてしまいたい衝動に駆られていた。


 けれど。

 ここで流されて頷いてしまうのは、彼女の彼氏として、絶対にやってはいけないことだ。


 「……凛。お前のその気持ちは、すげえ嬉しいよ。俺だって、ずっと一緒にいたいって思ってる」


 俺は一度大きく深呼吸をして、自分の中の理性を総動員してから、真っ直ぐに彼女の目を見た。


 「でも、いくら隣同士の部屋とはいえ、高校生のうちから本格的な同棲をするのは……さすがに、まだ早いと思うんだ」

 「……っ」

 「俺たちはまだ学生だ。親御さんだって、いくら仲がいいとはいえ、未成年の男女が完全に一緒に暮らしてるって知ったら、絶対に心配するだろ?」


 俺が静かに諭すように言うと、凛は少しだけバツが悪そうに視線を落とした。


 「それにさ」

 「それに……?」

 「今はこうして、壁一枚隔てたこの距離感があるからこそ、ちゃんとお互いのパーソナルスペースや生活リズムを守れてる部分もあると思うんだよ。凛にはイラストの仕事に集中しなきゃいけない時間があるし、俺にだって一人の時間が必要な時があるかもしれない」


 もし完全に同じ部屋で暮らしてしまえば、お互いの逃げ場がなくなってしまう。

 大好きな相手だからこそ、なあなあになって関係を壊してしまうようなことは、絶対に避けたかった。

 何より、プロのイラストレーターとして命を削るように作品と向き合っている彼女の聖域を、俺のエゴで邪魔したくなかったのだ。


 「……朝陽くんの言うこと、正論すぎて何も言い返せない」


 凛はそう言って、少しだけむくれたように唇を尖らせた。

 頭では俺の言うことが正しいとわかっていても、感情の部分でまだ納得しきれていない反応だ。

 そんな彼女がいじらしくて、たまらなく愛おしくて。

 俺は彼女のサラサラとした髪に手を伸ばし、優しく撫でた。


 「……高校を卒業して、お互いにちゃんと自立した大人になったらさ」

 「……うん」

 「その時は、俺からちゃんと……『一緒に暮らそう』ってお願いするから。それまで、待っててくれないか」


 俺の言葉を聞いた瞬間。

 凛の瞳が大きく見開かれ、尖っていた唇がゆっくりと緩んでいくのがわかった。

 少しだけ赤くなった頬に、嬉しさと安心感がじわっと広がっていく。


 「……ほんと?」

 「ああ。約束する」


 俺が頷くと、凛は俺の胸の前に自分の右手を差し出し、きゅっと小指を立てた。


 「……絶対だからね。私、ずっと覚えてるから」

 「わかってるよ」


 俺も自分の小指を出し、彼女の細い指に絡ませる。

 『ゆびきりげんまん』なんて、子供の頃以来だ。

 けれど、交わした指先から伝わってくる彼女の体温は、どんな誓いの言葉よりも確かに、二人の未来を繋いでいるような気がした。


 「さて、いい時間だし、そろそろ寝る準備しろ。明日は学校だぞ」


 未来への約束を交わし、心が落ち着いたところで、俺は立ち上がって凛に声をかけた。

 「はーい」と素直に返事をした凛は、歯磨きを済ませて自分のベッドへと潜り込む。


 今日は、同じベッドには入らない。

 その代わり、俺はベッドの縁に腰を下ろし、布団から出ている凛の小さな手をそっと手で包み込んだ。


 「……朝陽くん?」

 「ん。眠るまで、こうしてるから」


 俺がそう言うと、凛は嬉しそうに「えへへ」と笑って目を閉じた。

 俺は繋いだ手とは反対の手で、布団の上からポン、ポンと一定のリズムで彼女の体を優しく叩く。


 静かな部屋の中に、時計の秒針の音と、俺が布団を叩く小さな音だけが響く。

 やがて、凛の呼吸が深くなり、スースーという穏やかな寝息へと変わっていった。

 完全に夢の中へと落ちたのを確認し、俺は握っていた手をそっと布団の中にしまう。


 「……おやすみ、凛」


 誰にも聞こえない声で小さく呟き、ベッドサイドの小さなランプだけを残して部屋の明かりを消す。

 そして、静かにドアを閉めて、彼女の部屋を後にした。


 ガチャリ、と自室のドアを開ける。

 ほんの二日前まで当たり前だった一人きりの部屋の空気が、今は妙に冷たく感じられた。


 パジャマ姿のまま、自分のベッドに寝転がる。

 セミダブルのベッドは、一人で寝るには予想以上に広く、そして静かだった。

 昨日と一昨日の夜、すぐ隣にあった温もりと、ほんのりと香るカモミールの匂いがないだけで、こんなにも落ち着かないなんて。


 「……俺の方も、相当寂しいじゃねえか」


 暗闇の中で一人、俺は自嘲気味に苦笑いをしてしまった。

 彼女に「まだ早い」なんて偉そうに説教をしておきながら、俺自身が彼女の存在にどれだけ依存しているかを、この静けさが容赦なく突きつけてくる。


 (……早く、大人になりたいな)


 先ほど彼女と交わした、『一緒に暮らす』という未来の指切り。

 その光景を頭の片隅に思い描きながら。俺は少しだけ冷たい布団を引き寄せ、静かに目を閉じた。


 こうして、甘くて、楽しくて、少しだけ心臓に悪かった二泊三日のお泊まり会は、穏やかな静寂と共に幕を下ろしたのだった。

第294話、ありがとうございました!

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