第265話:オープンサンドと、いってらっしゃいの笑顔
土曜日の朝、7時。
俺は隣の部屋で寝ている女子三人よりも少し早く起きて、自分の部屋のキッチンに立っていた。
「よし、こんなもんかな」
フライパンの上で、厚切りのベーコンがジュージューと食欲をそそる音を立てて脂を弾いている。
その横のトースターでは、薄くスライスしたバゲットがいい具合にきつね色に焼き上がっていた。
焼き上がったバゲットに、冷水にさらしておいたシャキシャキのレタス、カリッと焼いたベーコン、ハム、そしてスライスチーズをバランスよく乗せていく。
仕上げにブラックペッパーを軽く振れば、色鮮やかな『カフェ風オープンサンド』の完成だ。
あとは、温かいコーンポタージュをマグカップに注ぐだけ。
「うん、我ながらなかなかな仕上がり……」
ガチャリ。
オムライスの時と同じように大きなお盆に三人分の朝食をセットしていると、玄関の方からドアの鍵が開く音がした。
「……朝陽くん、おはよぉ……」
パタパタと、少し引きずるようなスリッパの足音が近づいてくる。
振り返ると、昨日見せてくれたボーダー柄のもこもこパジャマを着た凛が、目をこすりながらキッチンへとやってきた。
「おはよう。よく眠れたか?」
「んん……ぐっすり……」
まだ半分寝ているのか、凛はフラフラとした足取りで俺のすぐ横まで来ると、そのままコトン、と俺の肩に頭を乗せてきた。
「こらこら、まだ包丁出てるから危ないぞ」
「だって、すっごくいい匂いしたから……釣られちゃった」
「ははっ、なんだそりゃ」
俺のパジャマの袖をギュッと掴みながら、ぽやーっとした顔で見上げてくる凛。
学校での『氷の令嬢』なんていう二つ名が嘘のような、だらしなくて無防備な寝起き姿。
こんな顔を見せてくれるのは俺の前だけだと思うと、毎度どうしようもなく愛おしさが込み上げてくる。
「凛、佐藤さんたちは? もう起きてるか?」
「うん。今、洗面所で顔洗ってる」
「そっか。ちょうど朝ごはんできたから、持っていこう。これ、俺が運ぶから、凛は先に戻っててくれ」
「はーい……あ、でもその前に」
凛は俺の袖を掴んだまま、背伸びをして、俺の首元にスッと顔を近づけてきた。
すんすん、と鼻を鳴らして匂いを嗅がれる。
「ちょっ、凛?」
「……うん。やっぱり、朝陽くんの匂いが一番落ち着く」
「っ〜〜……お前なぁ、朝から心臓に悪いこと言うなっての……」
「えへへ」
一昨日の夜といい、今日の朝といい、最近の凛は俺の『匂い』を嗅ぐのにハマっているらしい。
満足そうにふにゃっと笑った凛を連れて、俺はお盆を抱えて隣の部屋へと向かった。
「うわーっ! なにこれ、めっちゃオシャレ!」
「すごいすごい! カフェの朝ごはんみたい!」
凛の部屋のテーブルに朝食を並べると、すっかり着替えとメイクを済ませていた陽菜ちゃんと沙紀ちゃんが歓声を上げた。
「「「いただきまーす!」」」
三人が一斉にオープンサンドに手を伸ばし、サクッといい音を立ててかぶりつく。
「んんーっ! バゲットさくさく!」
「ベーコンの塩気と、チーズがめっちゃ合う! レタスもシャキシャキだし、すっごく美味しい!」
「朝からこんなの作れる高校生、他にいないよ!」
目をキラキラさせて喜ぶ二人を見て、俺もホッと胸を撫で下ろす。
すると、隣に座っていた凛が、自分の分のオープンサンドを両手で持ちながら、昨日以上の『ドヤ顔』で二人を見た。
「ふふっ。でしょ?」
本当に自慢げな、そして心底嬉しそうな笑顔。
そんな凛の顔を見ているだけで、早起きして準備した苦労なんて全部吹き飛んでしまった。
朝食を食べ終え、荷物をまとめた三人が俺の部屋の玄関に並ぶ。
「それじゃあ、気をつけて行ってこいよ。人多いだろうから、迷子にならないようにな」
「子供じゃないんだから大丈夫だよ! 朝陽くん、本当にありがとう!」
「ごちそうさまでしたー! オムライスもオープンサンドも、最高でした!」
これからショッピングモールへ、女子三人で遊びに行くらしい。
「お邪魔しましたー!」と元気よく廊下へ出て行く佐藤さんと寺田さん。
その後ろを歩いていた凛が、ドアを閉める直前で、くるりとこちらを振り返った。
「朝陽くん」
「ん?」
凛は、パッと花が咲いたような、とびきり可愛くて優しい笑顔を俺に向けた。
「……行ってきます!」
「ああ。いってらっしゃい」
俺がひらひらと手を振り返すと、凛は嬉しそうに駆け出していった。
楽しそうな三人の背中と足音を見送りながら、俺は大きく深呼吸をする。
少しだけ静かになったマンションの廊下。
大変だったけれど、それ以上に最高に幸せな二日間だった。
そんな温かい多幸感と達成感に包まれながら、俺はゆっくりと自分の部屋のドアを閉めた。
第265話、ありがとうございました!




