第203話:猫耳の誘惑と、内緒の準備
今回は凛ちゃん視点。
「……ねえ、陽菜。本当に、こういうの喜んでくれるかな?」
金曜日の放課後。私は陽菜と一緒に、駅前の大きな雑貨屋さんへと足を運んでいた。
ハロウィン直前ということもあって、店内はカボチャの装飾や華やかなコスチュームで溢れかえっている。
「 朝陽くんなら絶対、顔真っ赤にして固まっちゃうって。保証するよ!」
陽菜が自信満々に指を差したのは、棚に並んだ真っ白でふわふわの猫耳カチューシャだった。
先日、ネットの記事で『ハロウィンの仮装にドキッとする』という特集を見てから、密かに気になっていたのだ。
31日のイルミネーションデートはもちろん楽しみだけど、その日の夜に、何か特別なサプライズがしたくて。
「ほらほら、これもセットで付けたら最強だよ」
陽菜が勧めてくれたのは、小さな銀色の鈴がついた、黒いレースのチョーカー。
鏡の前でこっそり自分に合わせてみると、あまりの恥ずかしさに心臓がバクバクと鳴り響いた。
「これ……すごく、恥ずかしいね」
「それがいいんじゃん! 凛ちゃんのその照れた顔を見たら、朝陽くん、一発でノックアウトだよ」
陽菜の言葉に背中を押されるようにして、私はその二つのアイテムをレジへと持っていった。
中身が見えないように可愛くラッピングしてもらった袋をカバンに仕舞い込むと、なんだかとても悪いことをしているような、それでいて胸が躍るような不思議な気分になった。
駅前で陽菜と別れてアパートに戻ると、時刻はもうすぐ夕飯時だった。
私は朝陽くんに見つからないように、まずは自分の部屋へと滑り込む。
「……よし、ここなら大丈夫だよね」
買い物袋をクローゼットの奥、一番見つかりにくい場所に隠した。
それから急いで制服を脱ぎ、いつもの部屋着に着替えて鏡を見る。よし、不自然なところはない。
深呼吸を一つして隣の部屋へ向かい、合鍵でそっとドアを開けた。
廊下の先から、どこか懐かしいシチューの香りが漂ってくる。
キッチンに立つ朝陽くんの後ろ姿を見つけた瞬間、私は迷うことなく駆け寄って、その背中にガシッとしがみついた。
「うおっ、びっくりした……。おかえり、凛」
「ただいま、朝陽くん」
背中から伝わってくる朝陽くんの体温。
お鍋を混ぜている彼の腕の動きが、背中越しに優しく伝わってきて、一日の疲れが溶けていくのが分かった。
朝陽くんは少しだけ困ったように笑いながらも、空いている方の手で私の腕をポンポンと叩いてくれた。
今日の夕飯は、大きな具がゴロゴロと入ったクリームシチューだった。
10月下旬になって夜の寒さが厳しくなってきた今の季節に、温かいシチューは体にじんわりと染み渡る。
「はい、凛。熱いから気をつけてな」
「ありがとう。……ん、すごく美味しい」
私が幸せそうに頬張るのを見て、朝陽くんも満足そうに自分の分を口にする。
「凛、今週は仕事立て込んでただろ? 大丈夫か?」
「うん。月曜日から昨日まで、頑張って前倒しで作業を終わらせたから。31日は朝から一日空けられたよ」
「そっか。無理させたな」
「ううん。朝陽くんと出かけられると思えば、全然平気だよ」
そう伝えると、朝陽くんは少し照れくさそうに「そっか」と呟いた。
食後、彼はスマホを取り出して、調べておいたバスの時刻表を見せてくれた。
「当日はこの時間に出れば、広場の点灯式にちょうど間に合うはずだ。混むだろうから、早めに並んでおいた方がいいかもしれない」
「点灯式、楽しみだね。一緒にカウントダウンできるかな」
「ああ。綺麗なところを凛に見せてやりたいしな」
画面を二人で覗き込みながら、当日のルートを確認する。
朝陽くんが私のために一生懸命準備してくれているのが伝わってきて、隠し持っているサプライズへの期待がさらに膨らんでいった。
お風呂を済ませた後、いつものようにリビングでマッサージとストレッチをしてもらった。
朝陽くんの大きな手が、私の足や肩を優しく解していく。
この時間が、一日の中で一番リラックスできる。
いつもなら、このまま私の部屋まで送ってもらって、ベッドサイドで寝る直前まで頭を撫でてもらうのが日課だ。
けれど、今日はどうしても一人で確認しておきたいことがあった。
「朝陽くん。今日はここでバイバイにしてもいいかな?」
「え? ああ、別にいいけど……どうかしたか?」
「ちょっと、お部屋で片付けたいことがあって。……だから、ここで撫でて?」
玄関先で私が立ち止まって見上げると、朝陽くんは少し意外そうな顔をしながらも、「わかった」と優しく目を細めた。
「おやすみ、凛。」
大きな手のひらが、私の頭をゆっくりと撫でる。
その温もりに包まれて、私は「おやすみなさい、朝陽くん」と微笑み、自分の部屋へと戻った。
自分の部屋に入り、ドアの鍵を閉めると、私はすぐにクローゼットの奥からあの袋を取り出した。
部屋着のまま、まずはカチューシャを手に取る。
「……本当にやるんだよね、私」
独り言を呟きながら、鏡の前に立った。
髪の間に、真っ白な猫耳カチューシャを差し込む。
それから、鈴のついたチョーカーを首に巻いた。
鏡の中に映っていたのは、いつもより少しだけ大胆で、信じられないほど顔を赤くしている自分だった。
「…………っ」
チョーカーを指で触れると、チリン、と小さな鈴の音が部屋に響く。
その音がなんだか凄く恥ずかしくて、私は自分の肩をぎゅっと抱きしめた。
でも、この格好で「トリック・オア・トリート」なんて言ったら、朝陽くんはどんな顔をするだろう。
びっくりして、呆れて、それから……。
「……似合うって、言ってくれるかな」
鏡の中の自分を見つめながら、31日への緊張と期待で胸がいっぱいになった。
イルミネーションも楽しみだけど、その後の二人きりの時間が、今はもっと待ち遠しい。
私は幸せな予感に包まれながら、大切に猫耳をしまってベッドへと潜り込んだ。
第203話、ありがとうございました!
凛ちゃん視点での、内緒の準備。




