第202話:決意と覚悟
月曜日、最後の授業が始まる前の短い休み時間。
俺が教室で次の教科書を出していると、入り口付近からクラスの女子数人に手招きされた。
「瀬戸くん、ちょっといいかな?」
わざわざ廊下へ呼び出されるなんて珍しい。
彼女たちの目は好奇心にキラキラと輝いていて、嫌な予感がした。
「どうした? 何かあった?」
俺ができるだけ普段通りに優しく尋ねると、女子の一人が少し声を潜めて切り出してきた。
「あのね、昨日、隣町のモールにいたでしょ?」
核心を突く質問に、俺の心臓がドクンと跳ねた。
だが、ここで動揺しては二人の「変装」が台無しになる。
「ああ、いたけど。それがどうかしたのか?」
「やっぱり! 凄く可愛らしい子と一緒に歩いてたって目撃情報があるんだけど……。瀬戸くん、もしかして彼女?」
女子たちの視線が一斉に俺に集中する。
大輝の「適当に流せ」という言葉が脳裏をよぎった。
ここで正直に「冬月さんだ」なんて言えば、学校中がひっくり返るような大騒ぎになる。
「……いや、違うよ。ただの、仲のいい女の子だよ」
俺はできるだけ自然な笑顔を作って、そう答えた。
「あー、なんだぁ、彼女じゃないんだ」と女子たちは少し残念そうに、でも納得したように笑い声を上げて教室へ戻っていった。
やり過ごせた。そう安堵して息を吐いた直後だった。
ふと廊下の奥に視線を向けると、プリントの束を抱えた凛が立っているのが見えた。
隣のクラスへ移動する途中だったのだろう。
バッチリ目が合う。
彼女は一瞬だけ、悲しそうに眉を下げて、すぐに目を逸らし、足早に歩き去ってしまった。
その表情が、俺の胸に鋭いトゲのように刺さった。
放課後。
いつものように時間をずらしてアパートへ帰り、夕飯の準備を始めた。
今日のメニューは、酢豚だ。
「…………」
キッチンで俺が野菜を刻む中、凛は少し離れた場所で無言でお皿を並べていた。
いつもなら後ろからくっついてきたり、「今日ね、こんなことがあったよ」と楽しそうに話しかけてきたりするのに、今日はそれがない。
「……なぁ、凛。もしかしてさっきの休み時間、俺が女子に呼び出されて話してるの見てた?」
包丁を動かしながら尋ねると、凛はピタッとお皿を置く手を止めた。
「……うん。先生に頼まれたプリントを届けに行く途中で……邪魔しちゃ悪いと思って」
凛は俯いたまま、力なく答えた。
やっぱり、さっきのやり取りを聞かれていたんだ。
「……悪かったな。あの噂、バレたら凛に迷惑がかかると思って、ついああいう言い方しちゃったんだ。変装までして出かけたのに、台無しにするわけにいかないからさ」
俺がフォローするように言うと、凛は「わかってるよ」と小さく頷いた。
「バレなくて良かったなって、私も思ってる。朝陽くんが庇ってくれたのも、わかってる。……でもね」
凛は自分の胸元をぎゅっと握りしめ、少しだけ震える声で口を開いた。
「……朝陽くんの口から、はっきりと『仲のいい子』って聞いちゃうと……少しだけ、寂しかったかも……」
ぽつりとこぼされた本音。
瞳が少しだけ潤んでいるのを見て、俺は自分の愚かさを思い知らされた。
凛を傷つけるつもりなんて、微塵もなかった。
だが結果として、俺は自分の保身やプライドを優先して、彼女に寂しい思いをさせてしまったのだ。
『仲のいい女の子』
その言葉が、今の俺たちにとってどれだけ虚しいものか。
実質両想いだと分かっていて、毎日こうして一緒に過ごして、お互いの存在が特別だと知っている。
なのに、外の世界ではその関係を否定しなければならない。
(俺は、何をしてるんだ……)
凛を守るため、という言い訳をして、俺は彼女に「隠れること」を強いているんじゃないのか?
堂々と隣を歩きたいと言ってくれた彼女に、嘘のレッテルを貼って、それを良しとしている自分が無性に情けなくなった。
「自信がない」なんて言っている場合じゃない。
31日のイルミネーションで告白するとは決めていた。
だが、その決意が今、確固たる『覚悟』へと変わるのを感じた。
今のままでは、彼女を本当の意味で幸せにすることなんてできない。
誰に聞かれても、どこで誰に見られても。
「彼女だ」と、世界で一番大切な人だと、胸を張って言える男になりたい。
イルミネーションの下で想いを伝え、必ずこの「保留中」という曖昧な関係を終わらせる。
その熱い感情が、腹の底からグワッと湧き上がってきた。
俺はトントンと動かしていた包丁をまな板に置き、ふきんでサッと手を拭いた。
「……凛、こっち向いて」
「え……?」
振り返った凛を、俺はそのまま自分の右腕で、彼女の華奢な体をぐっと引き寄せた。
「っ……朝陽、くん……?」
突然抱き寄せられ、凛は驚いたように俺の胸元に両手をついた。
俺は彼女の背中に腕を回し頭を撫でながら、少しだけ見下ろすようにして、その真っ直ぐな瞳を見つめる。
「……ごめん。さっきはああ言ったけど、本心じゃない。俺にとって凛は、世界で誰よりも特別で、大切なんだ。それだけは信じてほしい」
俺が低い声でストレートに伝えると、凛は大きく目を見開いた後、じわじわと耳の先まで赤く染めていった。
「……ずるいよ、朝陽くん。そんな風に言われたら……何も言えなくなっちゃう」
「ずるくてもいい。凛が不安になるなら、何度でも言う」
俺が真剣に返し、抱き寄せる腕の力を少しだけ強めると、凛は俺の胸元に顔を押し付けた。
「……本当に?」
「本当だ」
「……じゃあ、もう一回、言って?」
俺の胸に顔を埋めたまま、凛がくぐもった声でおねだりをしてくる。
そのあまりの可愛さに、俺の心臓の方が爆発しそうになった。
「……凛が、世界で一番大切だ」
俺が耳元でそう囁くと、凛は俺のシャツをぎゅっと握りしめ、「……うんっ」と嬉しそうに頷いた。
今はまだ「仲のいい女の子」という嘘で凌がなければならないけれど。
あと一週間もない。
運命の日まで、俺はこの熱い決意を抱えたまま、一歩ずつ進んでいく。
クローゼットに眠る勝負服と、お揃いのパジャマ。
それらが主役になる日は、もうすぐそこまで来ていた。
第202話、ありがとうございました!
「仲のいい女の子」という嘘。
二人の正体を守るための防衛策でしたが、やっぱり凛ちゃんにとっては寂しい言葉でしたね。
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