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隣のクラスの「氷の令嬢」が、隣の部屋で空腹のあまり倒れていた件。〜胃袋を掴まれた彼女が、俺の前でだけ「ふにゃふにゃ」になるまで〜  作者: 比津磁界
第2章

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第121話:静寂と、響き合う鼓動。

水城葵との再会を経て、過去の精算を終えた朝陽くん。

けれど、長年抱えてきた「拒絶の記憶」を無理やり掘り起こした代償は大きく、彼の心はひどく摩耗していました。

そんな彼を連れて辿り着いたのは、おばあちゃんが用意した、駅前最高級ホテルのスイートルーム。

豪華な空間に二人きり。

静寂の中で、凛ちゃんは傷ついた「サポーター」のために、自分なりのやり方で彼を肯定しようとします。

駅前の喧騒を抜け、ひときわ高くそびえ立つ白亜の建物。

おばあちゃんが予約してくれたのは、この街で最も格式高いと言われる老舗ホテルの、最上階にあるスイートルームだった。


「……失礼します」


重厚なカードキーをかざし、扉を開ける。

足を踏み入れた瞬間に広がったのは、リビングの窓一面に広がる夜の海だった。

月光がさざ波に反射し、遠くの漁火が宝石のように点在している。

あまりの豪華さに圧倒されている俺を余所に、凛は手際よくフロントでの手続きを終えて入ってきた。


「凛、チェックインまで任せてしまって……」

「いいのいいの! だって、ここ、私のおばあちゃんが取ってくれたホテルだよ? 私がやるのが当たり前でしょ。朝陽くんは今日はもう、ゆっくりしてて」


凛はそう言って、悪戯っぽく笑いながら俺の背中をソファへと促した。

普段なら「贅沢すぎる」と眉をひそめるところだが、今はその静けさと、彼女のさりげない気遣いがひどく救いになる。

ソファに深く沈み込み、ゆっくりと息を吐き出す。葵と対峙した時の、あの心臓の嫌な鼓動が、冷ややかな空調の風に少しずつ鎮められていくのを感じた。


少し落ち着いた頃、凛に誘われてホテルのレストランへと向かった。

「夜はね、豪華なバイキングなんだって! 朝陽くん、好きなものいっぱい食べよう?」


レストランの入り口を抜けると、そこには地元の新鮮な魚介や山の幸、そして和洋折衷の色鮮やかな料理がずらりと並んでいた。

普段の俺たちは、基本的に俺が作る家庭料理がほとんどだ。

目の前に広がる圧倒的な品数と、活気に満ちた空間。

「……外食も、たまにはいいもんだな。何から取るか迷うよ」

「でしょ? ほら、あっちのローストビーフも美味しそうだよ!」


トレイを手に、並んだ料理を眺めて回る。

自分で作らなくていい、ただ「食べたいもの」だけを選ぶ贅沢。

俺は少しずつ、真鯛のカルパッチョや夏野菜のグリルを皿に盛っていった。

席に戻り、一口。プロが仕上げた料理はどれも洗練されていて、固くなっていた胃に優しく染み渡っていく。


「……美味いな」

思わずこぼれた言葉に、向かいの席で山盛りのデザートを確保していた凛の顔が、パッと明るくなった。

「本当!? よかったぁ……。朝陽くん、さっきまで全然元気なかったから。」


凛が嬉しそうに、自分の皿の料理を頬張る。

その姿を見ているうちに、俺の中の澱んでいた何かが、少しずつ、確実に溶けていくのを感じた。

誰かが自分のために用意してくれたものを、大切に思う人と分かち合う。

そんな当たり前の幸せが、今の俺には何よりの薬だった。


食事を終え、部屋に戻ると、そこには昼間とは違う幻想的な夜景が待っていた。

それぞれ自分の家から持ってきたパジャマに着替え、身支度を整える。

俺がリビングのソファで窓の外を見つめていると、お風呂から上がった凛が戻ってきた。

バニラの石鹸の香りが、夜の空気の中にふわりと広がる。


「……お待たせ、朝陽くん。じゃあ……今日も、お願いしていいかな?」


凛がリビングのソファの前に座り、俺の方を振り返る。

いつもの夜のルーティン。マッサージの時間だ。

こんな豪華な部屋にいても、やることは変わらない。それが逆に、俺の心を落ち着かせてくれた。


俺は凛の背後に回り、その華奢な肩に手を置いた。

「……凛」

「ん?」

「……さっきは、ありがとう。……お前が言い返してくれたおかげで、救われたよ」


マッサージをしながら、心の内を静かに吐き出す。

凛は少しの間を置いて、俺の手の動きに合わせて、小さく、けれど優しく言葉を返してきた。


「……ううん。私は、本当のことを言っただけだよ。……朝陽くん。あの女の子が言ったことなんて、気にしなくていいからね。私がいつも見てる朝陽くんは、すごく頑張り屋さんで、努力家で……本当に、優しい人だよ。……私、知ってるんだから。朝陽くんがどれだけ私のことを考えてくれてるか」


凛の声は、いつもの明るいトーンではなく、静かで、慈しむような響きを持っていた。

「……だから、自信を持って。……今の朝陽くんの周りには、朝陽くんを大好きな人たちがたくさんいるんだよ」


そのシンプルで真っ直ぐな言葉が、俺の「呪い」を一つずつ、優しく剥がしていく。

「……そうか。……ありがとう、凛。」


「……よし、今度は私の番!」

凛が不意に立ち上がり、俺の肩をぐいっと押した。

「……え、凛?」

「いつも私ばっかりやってもらってるでしょ? 今日は朝陽くん、心も体も疲れちゃったんだから、私が特別にやってあげる!」


凛が俺の背後に回り、小さな手を俺の肩に乗せる。

「あ……」

力は決して強くない。むしろ、普段の俺のマッサージに比べれば不器用と言えるかもしれない。

けれど、一生懸命に指先を動かし、俺の強張った筋肉を解そうとしてくれる。

その指先から伝わってくる「熱」が、冷え切っていた俺の深部まで届いていくのが分かった。


「……どう? 少しは楽になる?」

「……ああ。……すごく、温かいよ」


数分間、凛の献身的なマッサージを受ける。

お互いのパジャマ越しに伝わる体温。

静かなリビングに、時計の針の音と、重なり合う呼吸の音だけが響く。

マッサージを終え、振り返ると、そこには少しだけ顔を赤らめた凛がいた。

「……ふふ、あんまり上手じゃなかったかもしれないけど……お返し、だよ」


その笑顔を見た瞬間、俺の中にあった過去への葛藤は、静かに幕を下ろした。


リビングの片隅に設えられた、二つのツインベッド。

照明を落とし、カーテンを少しだけ開けると、月光が部屋を青白く照らし出した。

こんなに近くで、同じ部屋で一夜を明かすのは初めてのことだ。


「……朝陽くん、寝た?」

暗闇の中、すぐ隣のベッドから凛の声が聞こえた。

「……いや、まだ起きてる」

「……今日の海、綺麗だったね。……明日は、もっといい景色が見れるといいね」

「……ああ。……いい取材にしよう」


隣から聞こえる、衣擦れの音。そして、静寂の中に響く、凛の微かな寝息。

俺は天井を見つめたまま、自分の左手をそっと胸に当てた。

過去の俺を否定した連中。俺を拒絶した彼女。

その記憶は、確かにそこにある。けれど、今の俺を包んでいるのは、それらをすべて「大丈夫だ」と塗りつぶしてくれる、凛の温もりだった。

第121話、ありがとうございました!

豪華なバイキングで元気を出し、いつものパジャマでリラックスする……。非日常の中でも、二人らしい「日常」の繋がりを大切に書きました。

凛ちゃんの「頑張り屋さんで、努力家で、優しい」という言葉は、どんな台詞よりも深く朝陽くんの心に届いたのではないでしょうか。

初めての同室での就寝。言葉にできないドキドキを抱えたまま、夜は更けていきます。

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