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隣のクラスの「氷の令嬢」が、隣の部屋で空腹のあまり倒れていた件。〜胃袋を掴まれた彼女が、俺の前でだけ「ふにゃふにゃ」になるまで〜  作者: 比津磁界
第2章

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第111話:とっておきのワンピースと、おもてなしピザ

凛ちゃんは親友の陽菜ちゃんと遊びに出かけるため、朝早くからお洒落をして現れます。

「今日の服、どうかな?」

不意打ちの問いかけにドギマギする朝陽くんを残し、彼女は風のように去っていきました。

「おはよ、朝陽くん!」


午前七時過ぎ。

合鍵を使って入ってきた凛の声が、いつもより一段階トーンが高い。

俺はキッチンで自分用のコーヒーを淹れようとして……そのまま、フリーズした。


リビングに現れた彼女は、見慣れたTシャツ姿ではなかった。

淡いサックスブルーの、裾がふんわりと広がるノースリーブのワンピース。

いつもは無造作にまとめている髪も、今日は丁寧にハーフアップに整えられている。


「…………」

「……え、なに。そんなに黙り込まれると、逆に不安になるんだけど。やっぱり、ちょっとやりすぎだったかな?」


凛は自分のワンピースの裾を少し持ち上げ、恥ずかしそうに視線を泳がせた。

普段の彼女を知っているからこそ、そのギャップの破壊力は凄まじい。

俺は熱くなった顔を悟られないよう、視線を逸らしながら短く答えた。


「……いや。別に、やりすぎじゃない。お出かけなんだから、それくらい普通だろ」

「本当? 変じゃない?」

「……ああ。変じゃない」


俺がぶっきらぼうに答えると、凛は「そう?」と少し不服そうに唇を尖らせ、俺の目の前まで歩み寄ってきた。

ふわ、と甘いバニラの香りが鼻をくすぐる。


「じゃあさ、朝陽くん。正直な感想を教えてよ。今日の服、どうかな? 陽菜、結構ファッションに厳しいから、あんまり変な格好して行きたくないんだもん」


そう言って、凛は少し不安げに首をかしげ、俺の目をじっと覗き込んできた。

至近距離で見つめられ、俺は喉の奥が熱くなるのを感じた。


「……すごく、似合ってる。……綺麗だ、と思うぞ」

「…………! 本当? 朝陽くんがそう言ってくれるなら、自信持てるよ!」


凛はパッと顔を輝かせると、嬉しそうに自分の肩を叩いた。

「陽菜と駅前で朝ごはん食べる約束してるから、もう行かなきゃ! 晩ごはん、楽しみにしてるね!」


嵐のようにやってきて、嵐のように去っていく。

パタンと閉まったドアの余韻の中で、俺はしばらくの間、ただ呆然と立ち尽くしていた。


彼女が出ていった後のリビングは、驚くほど静かだった。

テーブルの上には、書き置きのメモが一つ。佐藤さんの好きなトッピングや、凛が食べたいと言っていたサイドメニューの希望が、可愛らしい文字で並んでいる。


「……ピザ、生地から作るか」


俺は一人分のコーヒーを飲み干し、エプロンを外して外出の準備をした。

朝食を食べていないからか、胃のあたりが少しだけ落ち着かない。

けれど、今夜は凛の大切な親友がやってくるのだ。

「瀬戸のご飯、食べてみたい!」と言ってくれた佐藤さんに、せっかくなら美味しいものを食べさせてあげたい。


俺は財布をポケットに入れ、強い日差しが照りつける外へと踏み出した。


外に出ると、蝉の声が耳を打つ。

八月の陽光は容赦なくアスファルトを焼き、陽炎を揺らしていた。


スーパーの自動ドアが開くと、冷房の涼しさが全身を包み込んだ。

俺はカゴを手に取り、まずは粉のコーナーへ向かう。

「強力粉と、薄力粉……。これでいいな」


チーズの棚の前で足を止める。

いつもなら安売りのチーズで済ませるところだが、今日は思い切ってフレッシュなモッツァレラをカゴに入れた。

続いて、佐藤さんが好きだと言っていた照り焼きチキン用の鶏肉も、いつもより少し質の良い国産の若鶏を選ぶ。


凛が自慢げに「これ、朝陽くんが作ったんだよ」と親友に話す姿を想像すると、自然とカゴの中身は充実していった。

レジ袋二つ分、ずっしりとした重み。

それを抱えて家路を急ぐ。


帰宅してすぐに、キッチンに立った。

台を消毒し、粉をふるう。

ぬるま湯に溶かしたイーストの、パン屋さんのような香りが鼻を突く。


ボウルの中で粉と水を混ぜ合わせ、ひとまとまりになったところで、作業台に移す。


「……よし」


生地の端を掴み、台に叩きつける。

グイと押し込み、また捏ねる。

最初はバラバラだった粉が、手のひらの熱で、次第に滑らかで艶やかな弾力を持っていく。


この無心になれる時間が、今の俺には必要だった。

朝、ワンピース姿の彼女を見た時の、あの心臓の跳ね上がり。

それを落ち着かせるように、俺は何度も生地を捏ねた。


(……あいつ、今頃どのへんにいるかな)


ふと時計を見ると、昼を過ぎたところだった。

今頃は佐藤さんと合流して、賑やかにお昼ご飯を食べている頃だろうか。

すべてを知っている佐藤さんのことだ。凛からこの十日間の話も、根掘り葉掘り聞いているに違いない。

そう思うと、少しだけ落ち着かない気分になる。


捏ね上げられた生地をボウルに入れ、暖かい場所で発酵させる。

その間に、トマトソースの仕込みに取り掛かった。


午後二時。

ソースも完成し、具材のカットも終わった。

掃除の行き届いたリビングで、俺は冷たい麦茶を一口飲む。


静かだ。

時計の秒針の音と、遠くで鳴く蝉の声。

十日間、当たり前のようにあった「二人」の気配がないことは、やはり少しだけ不自然に感じられる。


けれど、これは再会を待つための、穏やかな準備の時間だ。

佐藤さんは、俺たちが「同居」していたことも、俺が凛を支えていることも、全部知っている。

だからこそ、妙な気負いは必要ない。

いつも通り、凛が「ただいま」と帰ってこれる場所を整えて、美味しい飯を出す。

それが、今日俺ができる一番の役目だ。


「……さて。掃除するか」


生地は理想的な膨らみを見せている。

あとは、夕暮れと共に響くはずの、あの「チャイム」を待つだけだ。

第111話、ありがとうございました!

服装チェックだけで嵐のように去っていった凛ちゃん。

それを見送った後、一人で黙々とピザの準備をする朝陽くん。

「綺麗だ」と口にした後の気恥ずかしさを、粉まみれになることで紛らわせる……そんな午後の過ごし方は、彼らしいですね。

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