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隣のクラスの「氷の令嬢」が、隣の部屋で空腹のあまり倒れていた件。〜胃袋を掴まれた彼女が、俺の前でだけ「ふにゃふにゃ」になるまで〜  作者: 比津磁界
第2章

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第109話:戻れないベッドと訪問者

今夜の夕食は、サポーター特製の一杯のラーメン。


「効率」という言葉で寂しさを誤魔化そうとする凛ちゃんと、正論で返す朝陽くん。

「……ふぅ。やっぱり、沁みるなぁ」


凛が、熱い湯気の向こうでふにゃりと眉を下げた。

今夜のメニューは、サポーター特製のチャーシュー麺。


「これ食べ終わったら、本当に終わりなんだね」

「同居が終わるだけだ。明日からも飯は作るし、サポートも続く」

「わかってるけど……。なんだか、卒業式のあとの放課後みたい」

そんな寂しげな空気を振り払うように、俺たちは最後の一滴までスープを飲み干した。


「じゃあ、お風呂……行ってくるね」

「ああ、ゆっくり入ってこい。俺もこっちで済ませる」


凛は、一度「お隣」へと戻っていった。

彼女が出ていった後のリビングは、驚くほど広くて、静かだった。

俺もさっとシャワーを浴び、彼女が夜のルーティンのために戻ってくるのを待つ。


ほどなくして、お風呂上がりの凛が再び俺の部屋にやってきた。

「ねえ、朝陽くん。さっき思ったんだけど、一度お風呂のために自分の家に帰るのって、非効率じゃない? あと、すっごく寂しいし」

「……非効率ではない。別々に入れば待ち時間もないし、同時に入れる。むしろ効率的だ」

「むぅ……。そういうことじゃないのに」

「……寂しいのは、慣れるしかない。ほら、座れ。いつものやるぞ」


俺はあえて正論を突きつけ、彼女の甘えをかわした。

今の俺が彼女を甘やかしてしまえば、いつまでも「仕事」と「プライベート」の境界線が引けなくなってしまうから。


「……ん、そこ、効く……」


静まり返ったリビングで、彼女の筋肉をゆっくりと解していく。

これが終われば、彼女は本当に向こう側の住人に戻ってしまう。

その事実を拒むように、俺の手はいつも以上に丁寧で、優しく動いていた。


「……よし、終わりだ。凛、お疲れ様」

「……。うん、ありがと。……おやすみ、朝陽くん」

「ああ、おやすみ。また明日な」


凛は何度も振り返りながら、自分の部屋へと帰っていった。


一人になった部屋。

俺は本来の自分の寝床である、自室のベッドに向かった。

けれど、寝室の扉を開けた瞬間、俺の足は止まった。


「…………ダメだ。まだ、使えない」


そこには、凛が十日間使っていた名残が色濃く残っていた。

綺麗に整えられたシーツの隙間に、彼女が好むバニラの香りが微かに漂っている。

そこに自分という「異物」が入り込むことに、耐え難い抵抗感があった。

……いや、正直に言えば、彼女の気配が残る場所に身を委ねるのが、今の俺には刺激が強すぎたのだ。


結局、俺はリビングに予備の布団を敷いた。

「……結局、ここか」

俺は苦笑しながら、十日間過ごしたのと同じ場所に横たわった。


眠りは浅かった。

午前二時を回った頃。玄関の鍵が開く微かな音がして、俺は反射的に上体を起こした。


「……誰だ」

リビングのドアがゆっくりと開き、暗闇の中に小さな人影が浮かび上がる。

「……朝陽くん?」

「凛……!? どうした、何かあったのか?」


俺が駆け寄ると、凛はパジャマ姿で、どこか泣きそうな顔をして立っていた。

「……寝れないの。自分の部屋、掃除してもらったからすっごく綺麗だし、お布団もふかふかなのに……」

「……ホコリか?」

「違う。……匂いが、無いの」


凛は俺のシャツの裾をギュッと掴んだ。

「お日様の匂いはするけど、朝陽くんの匂いがしないの。……静かすぎて、自分の心臓の音しか聞こえなくて、怖くなって……」


「……」


「……朝陽くん。……服、貸して」

「は……?」

「朝陽くんが、今日まで着てたやつでもいい。……それを抱っこして寝たら、きっと大丈夫だから」


彼女の切実な瞳に、俺は抗う術を持たなかった。

俺はクローゼットから、薄手のパーカーを取り出し、彼女に差し出した。

凛はそれを両手で受け取ると、鼻先を埋めるようにして深く息を吸い込んだ。


「……ん。これなら、いけるかも」

「……変な趣味だな」

「変じゃないよ。……これがあれば、朝陽くんが隣にいるみたいで、安心して寝られそうな気がするの。……ありがと。明日には、ちゃんと返すから」


凛はパーカーを大事そうに胸に抱え、少しだけ安心したような顔で笑った。

「……じゃあ、今度こそ、おやすみなさい」

「……ああ。おやすみ」


彼女は自分の部屋へと戻っていった。

俺のパーカーに包まれて眠る凛を想像し、俺は顔が熱くなるのを感じた。

……これじゃ、結局俺も寝付けそうにない。


夏の夜。扉一枚隔てた向こう側で、彼女は今、俺の欠片を抱きしめて眠ろうとしている。

その事実が、静まり返った俺の部屋に、静かな熱を灯していた。

第109話、ありがとうございました!

朝陽くんの匂いを求めて深夜に忍び込む凛ちゃん。そして、彼女の残り香があるベッドを使えない朝陽くん。

お互いがお互いの「気配」に支配されている、もどかしい夜ですね。

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