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隣のクラスの「氷の令嬢」が、隣の部屋で空腹のあまり倒れていた件。〜胃袋を掴まれた彼女が、俺の前でだけ「ふにゃふにゃ」になるまで〜  作者: 比津磁界
第2章

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第107話:十日目の夜と、延長戦。

おばあ様が帰り、リビングにはまた二人きりの時間が戻ってきました。

エアコンの修理は完了し、お隣はもう快適なはず。

けれど、十日間主を失っていたベッドは、そう簡単には受け入れてくれないようです。

おばあさんを見送り、静かになったリビング。


「……さて。隣も冷えただろうし、まずは仕事道具を戻すか」

「……あ、そうだね。まずはそれからだよね」


凛の返事はどこか歯切れが悪かったが、俺は気にせず作業を開始した。

タブレットやPCを、慎重に抱えて「お隣」へ運ぶ。

扉一枚隔てただけの移動。けれど、一往復するたびに俺の部屋から凛の気配が少しずつ剥ぎ取られていくようで、なんだか落ち着かない気分だった。


「……よし、これで全部だな」


凛の部屋のデスクに機材を据え置き、コードを一本ずつ繋ぎ直していく。

いつでも彼女が仕事を開始できるように、マウスの向きまで使いやすい位置に整える。


セットアップを終え、俺が立ち上がろうとした時だ。

凛が部屋の隅にある自分のベッドを指さして、困ったように顔をしかめた。


「……ねえ、朝陽くん。ここ、見てよ」

「ん? ……ああ、なるほどな」


俺が昨日掃除したのは、あくまで業者が作業する「エアコンの周り」だけだった。

十日間、締め切った部屋で放置されていたベッドや枕には、薄っすらと埃が積もっている。シーツもどこか湿気を含んで重たく、とても今日これから潜り込めるような状態じゃなかった。


「……悪い。作業スペースを作るのを優先して、こっちは手が回ってなかった」

「ううん、朝陽くんのせいじゃないよ! でも、これ……明日ちゃんとシーツを洗って、お布団も太陽の下で干さないと、さすがに無理そうだね」


凛はそう言いながら、どこか嬉しそうに俺の顔を伺ってきた。

「……クシュン! ほら、もう鼻がムズムズしてきたかも」

「……わざとらしいぞ。……わかったよ。明日、俺が全部まとめて洗濯して干しといてやるから、今夜もあっち(俺の部屋)で寝ろ」


「やったぁ! じゃあ、今夜もよろしくね、朝陽くん!」


凛はウキウキとした足取りで、さっさと俺の部屋へと引き返していった。

その弾んだ背中を見送りながら、俺は苦笑交じりに肩をすくめた。サポーターとしては詰めが甘かったかもしれないが……まあ、もう一晩くらい、いいか。


リビングに戻り、夕食の準備を始める。

今夜のメニューは、豪華なご馳走じゃない。けれど、この十日間で彼女が「一番好き」と言ってくれた、家庭的なハンバーグだ。

「美味しい。やっぱりこっちの部屋の方が落ち着くなぁ」

そう言って笑う彼女の向かい側に座り、俺もゆっくりと食事を口に運ぶ。

おばあさんの言葉を思い出す。俺のこの日常が、誰かを幸せにしているのだという確信が、料理をいつもより美味しく感じさせた。


食後、お風呂から上がった凛は、いつものバニラの香りを纏って俺の前に座った。

「……ストレッチ、今日もお願いしていい?」

「ああ、座れ」


十日間欠かさなかったルーティン。

彼女の筋肉の強張りを確認し、ゆっくりと解していく。

薬が効いているせいか、俺の手の動きも驚くほど滑らかだった。


「……んん、いつもありがと。……ねえ、朝陽くん」

ストレッチを終えた凛が、期待に満ちた瞳で俺を見上げてきた。


「……なんだよ」

「……なでなで、は?」

「……ダメだ。あれは『ご褒美』だっただろ。毎日やるもんじゃない」


俺がぴしゃりと言うと、凛は「ぶー」と不満げに頬を膨らませた。

「いいじゃん、今日も頑張ったんだから。……減るもんじゃないし」

「けじめが必要なの。……ほら、もう寝る時間だぞ」


俺は彼女の誘惑?をきっぱりと断ち切り、寝支度を促した。


「……ケチ。じゃあ、おやすみ。朝陽くん」

「ああ、おやすみ」


凛はいつものようにベッドへ潜り込み、俺はリビングの布団に横たわる。

照明を落とした部屋に、エアコンの静かな稼働音だけが響く。


明日になれば、今度こそ洗濯したての布団と一緒に、彼女は隣の部屋へ帰る。

明日になれば、扉一枚隔てた生活が始まる。

けれど、もう俺の中に、あの頃のような孤独な「壁」は存在しなかった。


おばあさんに認められ、凛に求められ。

「有能な道具」ではなく「必要な人間」として、俺はここにいる。


窓の外では、夏の虫の声が静かに響いていた。

俺は深い安堵感に包まれながら、同居最後の夜――その穏やかな延長戦の中で、ゆっくりと意識を沈めていった。

第107話、ありがとうございました!

凛ちゃんの確信犯的な可愛らしさと、それを「わざとらしい」と言いながらも受け入れる朝陽くん。

なでなでを「特別なご褒美」として大切にする朝陽くんの硬派な優しさも、彼らしいこだわりですね。

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