第103話偽りの晴天と最後のチャージ。
昨夜飲んだ薬が驚くほど効いて、朝陽くんのコンディションは(ひとまず)万全。
一方の凛ちゃんも、しっかり睡眠を取って気合十分です。
目が覚めた瞬間、拍子抜けするほど体が軽かった。
昨日のあの重苦しさが嘘のように消えていて、視界も驚くほどはっきりしている。
……いや、実際には治ったわけじゃなく、薬が無理やり感覚を抑え込んでいるだけなのは分かっている。それでも、今日という大事な日に動ける身体があることは、俺にとって何よりの救いだった。
「よし、これならいける」
軽く伸びをしてから、すぐにキッチンへ向かう。
今日の朝食は、さらさらと食べられる出汁茶漬け。それと、香ばしい匂いで頭をすっきりさせてくれる玄米茶だ。
出汁の香りがリビングに広がり始めた頃、廊下から凛の足音が聞こえてきた。
「……ん、おはよう。朝陽くん」
現れた凛は、昨夜しっかり寝たおかげか、顔色も良くて瞳に力が宿っている。
髪をポニーテールにきゅっとまとめ直した彼女は、俺の顔を見るなり、驚いたように目を丸くした。
「おはよう。凛、よく眠れたか?」
「うん、バッチリ。……って、朝陽くん、今日はすごくシャキッとしてるね! 昨日は元気無かったけど、もう大丈夫なの?」
「ああ、おかげさまでな。今は絶好調だ。……ほら、座れ。朝ご飯だ」
俺は努めて自然な動作で、彼女の前に茶漬けの碗を置いた。
最後の一押しには、何よりも燃料が必要だ。
「わあ、美味しそう……! いただきます」
凛は嬉しそうに茶漬けを頬張った。
「美味しい。朝陽くんのご飯を食べると、本当に『よし、やるぞ』って気持ちになれるよ。今の朝陽くんを見てると、私までさらに元気が出てきちゃった。」
その言葉に、胸の奥が少しだけ疼いた。
食後、凛はいよいよ最終チェックに入るために立ち上がった。
けれど、彼女はそのまま自分の部屋には戻らず、俺の正面で足を止めた。
その瞳には、これから作品を世に送り出すプロの覚悟と、勝負に挑む高揚感が混ざり合っている。
「朝陽くん。……最後、もう一回だけ、いい?」
彼女が静かに両手を差し出す。
俺は迷わず、その小さくて柔らかな両手を、自分の手で包み込んだ。
俺の手はいつもより少し熱いかもしれない。彼女に気づかれないか、俺は内心ヒヤヒヤしていた。
けれど、凛はその強さを、俺の並々ならぬ気合だと受け取ったのか、心強いと言わんばかりに目を細めてギュッと握り返してきた。
「……すごい。朝陽くんの手、すごく……頼もしい。」
「……ああ。頑張っておいで」
俺は安堵した。彼女は俺の異常な熱さではなく、そこから伝わる意志を感じ取ってくれたのだ。
「うん。……行ってくるね!」
凛は俺の指先を最後にもう一度強く握ると、弾かれるように作業部屋へと消えていった。
ドアが閉まった瞬間、俺はキッチンの壁に背中を預け、大きく息を吐いた。
薬で抑え込んでいるだけで、体内の炎はまだ消えていない。けれど、冷や汗を拭って、俺はすぐにサポーターとしての「仕事」に意識を切り替えた。
午前中、俺は彼女の邪魔にならないよう、物音を一切消した。
耳の奥で微かなノイズが響くこともあるが、薬のおかげで集中力は途切れない。
身体は内側で悲鳴を上げたがっているのかもしれない。けれど、俺の「役割」は、まだ終わっていないんだ。
正午を過ぎた頃。
作業部屋から、カタッ、という、これまでとは違う音が聞こえた。
マウスを、決然とクリックする音。
データを送り出し、彼女の戦いが終わった音だ。
「…………できた」
掠れた、けれど芯の通った声。
俺は椅子から立ち上がり、彼女を迎えようとした。
「朝陽くん! ……できたよ!」
ドアが勢いよく開き、凛が飛び出してきた。
その顔は、これまでの同居生活の中で一番、輝いていた。
一仕事終えた充実感が、彼女をさらに眩しく見せていた。
「……そうか。おめでとう、凛。よく、頑張ったな」
俺は笑った。
頬の筋肉がうまく動いているか不安だったが、彼女の笑顔を見ていると、自然と顔が綻んだ。
俺の役目は、これで一つ果たされた。
薬の力を借りて「最強のサポーター」を演じきった朝陽くんと、その熱量を力に変えて最高の一作を仕上げた凛ちゃん。
そして約束の「ご褒美」が、ついに提示されます。
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