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隣のクラスの「氷の令嬢」が、隣の部屋で空腹のあまり倒れていた件。〜胃袋を掴まれた彼女が、俺の前でだけ「ふにゃふにゃ」になるまで〜  作者: 比津磁界
第2章

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第102話:不器用な手のひらと隠した熱。

10日間の同居生活もいよいよ大詰めです。

明日に控えた大きな仕事の納期。凛ちゃんは朝から全開モードですが、完璧なサポートを続けてきた朝陽くんの体には、ついに隠しきれない「ガタ」が来始めます。

朝、目が覚めた瞬間に違和感があった。

頭が、ひどく重い。枕から頭を引き剥がそうとするだけで、世界がぐにゃりと歪んで見える。

「……っ、う……」

こめかみの奥を金槌で叩かれているような鈍い痛み。節々が重だるく、自分の体が自分のものではないような感覚。


「まだだ。……今日は、一番大事な日なんだから」


俺は壁に手をつき、キッチンへ向かった。

消毒をし、冷蔵庫から取り出したのは、昨夜のうちに下茹でしておいたキャベツと、合挽き肉。

今日の朝食は、じっくりと煮込んだロールキャベツにすると決めていた。

胃に優しく、それでいてしっかりと栄養が摂れる。何より、スープの温かさが彼女の緊張を解してくれるはずだ。


コンロに火をかけ、コンソメの香りが立ち込める。

野菜を刻む包丁の音が、今の俺には耳の奥に響く工事音のように痛い。それでも、俺は手を止めなかった。

トースターで軽く焼いたパンの香ばしい匂いと、スープの香りが混ざり合う頃、作業部屋のドアが勢いよく開いた。


「……んん〜! すっごいいい匂い! 朝陽くん、おはよう!」


現れた凛は、すでに戦闘態勢といった様子で、髪をポニーテールにまとめていた。

彼女の明るい声が、今の俺には少しだけ眩しすぎる。


「……おはよう。すぐ出せる。座って待ってて」


「わあ、ロールキャベツ!? 朝からこんな手の込んだもの……朝陽くん、本当にすごいね!」


食卓に並んだ熱々のボウルを見て、凛の瞳がキラキラと輝く。

スープを一口啜り、「はぁ〜……幸せ……」と骨抜きになったような顔をする彼女。その表情を見ただけで、目眩が少しだけ和らぐ気がした。


「美味しいよ、朝陽くん。パンもサクサクだし、最高だよ」


「……しっかり食べろ。今日が正念場だろう?」


「うん! あと少しで、今回の山場を越えられるの。……よしっ!」


完食した凛は、気合を入れるように椅子から立ち上がった。

そして、部屋に戻ろうとした足を止め、不意に俺の方へ向き直った。


「朝陽くん。……手、貸して」


「……? なんだ」


俺が怪訝に思いながら右手を差し出すと、凛はその小さくて柔らかな両手で、俺の手をギュッと握りしめた。


「……っ」


「よし。パワーチャージ完了! これで今日一日、頑張れる!」


凛は満面の笑みでそう言った。

けれど、俺は動揺を隠せなかった。

彼女の手のひらは、いつも通り柔らかい。けれど、僕の肌に触れたその温度が、驚くほど冷たく感じられた。


……違う。彼女が冷たいんじゃない。

僕の手が、異常に熱いんだ。

自分の体温が確実に上がっていることを、その接触によって突きつけられた気がした。


「……朝陽くん?」


凛が少し首を傾げ、僕の顔を覗き込もうとする。

「……なんでもない。頑張ってね」


俺は慌てて手を離し、彼女の背中を作業部屋へと促した。

ドアが閉まった瞬間、俺はキッチンのシンクに手をつき、荒い息を吐いた。


そこからの数時間、作業部屋からは、絶え間なくペンがタブレットを叩く音が聞こえてくる。

僕はそのリズムを乱さないよう、物音を最小限にして家事をこなした。

時折視界が暗転し、足元がふわつく。そのたびに俺は冷たい水で顔を洗い、無理やり意識を現実へと繋ぎ止めた。


(……サポーターが、先に折れてどうする……)


自分に言い聞かせ、昼食の準備を始める。

午後一時。休憩に出てきた凛の顔には、隠しきれない疲労の色があった。


「……お疲れ様。順調か?」


「うん、あと少し。……ねえ、朝陽くん、お昼も一緒に食べていい?」


「……ああ、もちろんだ」


向かい合って座る食卓。

凛は食事を口に運びながら、ときどき俺の顔をじっと見つめてくる。


「……朝陽くん、今日、あんまり喋らないね。やっぱり、まだ眠いの?」


「……いや、考え事をしていただけだ。……気にするな」


「……そう? 顔、ちょっと赤いよ?」


「……キッチンの熱気のせいだ。……ほら、冷めるぞ」


食事を終え、再びデスクに向かおうとする凛。

彼女はドアの前でまた立ち止まり、僕の左手を取った。


「午後も頑張るために、もう一回チャージ! ……はい、充電!」


今度は、さっきよりも長く握られた。

五本の指が、俺の手の甲を包み込む。

その瞬間、凛の眉がわずかに動いた。


「……朝陽くん」


「……なんだ。早く行け」


「……。無理しちゃ、ダメだよ?」


凛は何かを言いかけて、けれど俺の頑なな態度に引き下がるようにして部屋へ戻っていった。

一人残されたリビングで、俺は熱を持った自分の手を見つめる。

彼女は、気づいたんだろうか。俺のこの、不自然な熱さに。


夕方。

窓の外がオレンジ色に染まり、部屋に長い影が落ちる頃。

作業部屋から、「終わったぁぁぁ……!」という、魂の叫びのような声が響いた。


僕は重い体を引きずるようにして、ドアの前に立った。


「……凛、終わったのか?」


「朝陽くん! 見て、これ! 終わったよ、全部終わった……! あとは明日の午前中に最終チェックをするだけ!」


飛び出してきた凛は、ボロボロの見た目とは裏腹に、今までに見たことがないほど晴れやかな顔をしていた。

その笑顔を見て、俺の胸にすとんと、大きな安堵が落ちてきた。

よかった。俺の体調のせいで、彼女の足を引っ張ることだけは避けたかった。


「……そうか。おめでとう。よく頑張ったな」


「うん……! 本当に、朝陽くんのおかげだよ。……晩御飯! お腹ぺこぺこだよ」


夕食は、彼女の好きなものを並べた。

俺は自分の食欲が完全に失せているのを隠し、「さっきつまみ食いをした」と嘘をついて、彼女が美味しそうに食べる姿を眺めていた。


食後、いつものようにマッサージとストレッチの時間がやってきた。

今の俺に人をマッサージする余裕なんてほとんどなかったが、これが俺のルーティンであり、彼女との日常を繋ぐ大切な儀式だった。


マッサージが終わり、薬を飲んで布団の中に潜り込む。

体の節々が痛み、頭は割れるように痛いが、不思議と心は穏やかだった。


(あと、二日……)


明日、彼女の仕事が完成し、明後日には同居が終わる。

そこまでは、絶対に持たせてみせる。

サポーターとしての誇りと、一人の男としての意地。

それが、今の俺を支える唯一の燃料だった。


「……おやすみ、朝陽くん」


ドアの隙間から、凛の小さな声が聞こえた。

「……ああ。おやすみ、凛」


俺は深い眠りの底へと、吸い込まれるように落ちていった。

第102話、ありがとうございました!

これまで「支える側」として完璧だった朝陽くんが、自らの限界を超え、それでも自分を奮い立たせる姿を描きました。

体調不良に耐えながらサポートに挑む朝陽くんと、全てを書き上げる凛ちゃん。

そして、ついに明かされる「ご褒美」の正体とは……!?


続きが気になる!と思ってくださった方は、ぜひブックマークや下の【☆☆☆☆☆】で応援をいただけますと嬉しいです!

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