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隣のクラスの「氷の令嬢」が、隣の部屋で空腹のあまり倒れていた件。〜胃袋を掴まれた彼女が、俺の前でだけ「ふにゃふにゃ」になるまで〜  作者: 比津磁界
第2章

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第100話:金色の雨が降る夜に。

第100話! ここまで読み進めてくださった皆様、そして物語を支えてくださった先生、本当にありがとうございます。

お祭りの喧騒が遠のき、夜空を埋め尽くした光の粒子が消え去った後の、あの独特の寂しさ。

エアコンの修理が終われば、この同居生活も幕を閉じる。隣同士に戻るだけ。サポーターの関係も終わらない。

頭では分かっていても、凛ちゃんの心は、この「数歩の距離」が離れてしまうことに、耐えがたいほどの孤独を感じていました。

「……っ」


地響きのような轟音が、ベランダのアルミ柵を震わせる。

夜空の天辺で、今夜最後にして最大の一発――金冠かむろが弾けた。

それは一瞬の爆発というより、黄金の糸が空から降り注ぐ「雨」のようだった。ゆっくりと、執拗に、夜の闇を塗り潰しながら落ちてくる光の残滓。


そのあまりの眩しさに、視界が白く飛ぶ。

隣に座る凛の横顔が、黄金色の光に縁取られて、まるで現実ではない一場面のように見えた。

彼女は口を少しだけ開けて、瞬きすら忘れた様子で空を見上げている。その瞳には、今まさに消えようとする火花が、無数の星のように映り込んでいた。


(……綺麗だ)


俺は、花火ではなく、それを見つめる彼女の横顔を盗み見た。

同時に、胸を締め付けるような思考が頭をよぎる。

このフィナーレが終われば、お祭りは終わる。そしてあと数日もすれば、この「同居」という魔法のような時間も、終わりを迎える。


エアコンが直れば、彼女は自分の部屋に帰る。

俺はまた、壁一枚隔てた「お隣さん」に戻る。

もちろん、サポーターとしての契約は続くだろう。俺は明日も明後日も、彼女の食事を作り、彼女を支え続ける。

けれど、こうして隣に座って、同じ体温を感じながら花火を見上げるような距離感は、きっと「日常」に溶けて薄まってしまう。


それが、どうしようもなく怖かった。

自分をただの「サポート」だと言い聞かせてきたはずなのに、俺はいつの間にか、この「共有された生活」に依存し始めていた。


その時。

不意に、右手の甲に、柔らかな熱が触れた。


「…………」


凛の手だった。

彼女は空を見上げたまま、探るように、けれど確かな意志を持って、俺の手に自分の指を重ねてきた。

繋ぐ、というにはあまりに心許ない、触れるだけの接触。

けれど、その指先が微かに震えているのが伝わってきて、俺の心臓は花火の音よりも大きく跳ねた。


やがて、最後の火花が夜の底へと溶け込み、世界に深い静寂が戻ってきた。


花火が終わった後の夜空は、それまでよりもずっと深く、暗く見えた。

遠くから聞こえる、まばらな拍手の音。風に乗って漂ってくる、ツンとした火薬の匂い。耳の奥にはまだジーンという残響が居座っていて、それが現実感を奪っていく。


「……終わっちゃったね」


凛が、ぽつりと呟いた。


「ああ。……中に入ろう。夜風にあたりすぎると風邪ひくぞ」


俺はいつもの「サポーター」の声で言った。けれど、その声は自分でも驚くほど震えていた。

部屋に戻り、リビングの電気を点ける。パチッ、という無機質な音とともに、お祭りの非日常が、いつもの「二人だけの生活」の光景へと塗り替えられた。


テーブルの上は、さっきまで二人で囲んでいた賑やかな名残が、綺麗に片付いている。あとは食器を洗って、風呂に入って、眠るだけ。いつも通りのルーティンのはずなのに、何かが決定的に変わってしまったことを、二人は痛いほどに自覚していた。


「……朝陽くん」

凛が、キッチンの入り口で立ち止まったまま、俺の背中に声をかけた。


「なんだ?」

「……今日、すごく楽しかった。……全部、朝陽くんがいてくれたからだよ。サポーターだからじゃない。朝陽くんだから、私は嬉しいんだよ」


「……僕は、サポーターだ。凛の希望を叶えるのが、僕の――」


「違うよ」


凛が、一歩、歩み寄った。

彼女のバニラの香りが、火薬の匂いをかき消して僕を包み込む。


「『サポーター』だからじゃないよ。朝陽くんだから、私は嬉しいんだよ。……そこを間違えないで。お願いだから」


凛の声は、泣き出しそうなくらい切実だった。

俺はゆっくりと振り返り、彼女の瞳を真正面から受け止めた。


自分を「ただの道具」だと思い込むことで、誰かに期待されることから逃げてきた。

傷つかないために、自分を無機質な存在だと定義してきた。

けれど、彼女は俺のその卑怯な「逃げ場」を、逃がさないと言わんばかりに抱きしめにきたのだ。


「……わかった。努力するよ。……僕という人間が、君の隣にいる意味を、もっと信じられるように」


それが、朝陽にできる精一杯の歩み寄りだった。



それぞれが風呂を済ませ、部屋には石鹸の清潔な香りが漂っていた。

いつものマッサージタイム。しかし今夜の空気は、昨日までとは明らかに違っていた。


リビングのラグの上にうつ伏せになった凛。風呂上がりの緩いTシャツからは、白くしなやかな背中のラインが覗いている。俺はその横に膝をつき、ゆっくりと彼女の肩に手を置いた。


「……っ」

凛の体が、わずかに跳ねるように震えた。

「……そんなに凝ってるのか? 力、抜いて」

「……わかってるよ。でも、なんだか今日は……いつもより、朝陽くんの手が熱く感じて」


俺は何も答えられなかった。熱いのは、自分の手だけではない。彼女に触れている場所から、火傷をしそうなほどの熱が全身に回っている。

ゆっくりと、肩甲骨の周りを解していく。凝り固まった筋肉が、俺の指先によって丁寧に、慈しむように解かされていく。


「……ねえ、朝陽くん。ストレッチも、やって」

「ああ。」


彼女の足首を掴み、ゆっくりと太ももの裏を伸ばしていく。

肌と肌が触れ合う。呼吸のタイミングが重なる。

薄暗いリビングで、エアコンの微かな稼働音だけが響く中、二人の距離は、もはや「サポーター」という言葉では説明できないほどに密接していた。

彼女の首筋に、じわりと汗が浮かぶ。それがお祭りの熱気のせいなのか、それとも別の何かのせいなのか。


「……ふぅ。……だいぶ解れたね」

マッサージを終え、凛が上体を起こした。

少し上気した顔で、乱れた髪をかき上げる彼女の姿に、俺は慌てて視線を逸らした。


「……水分を摂って、早く寝なさい。明日からはまた、イラストの追い込みだろ」


「うん。……あ、そう。朝陽くん、聞いて」

凛が、少しだけ真剣な表情になって、俺の瞳を真っ直ぐに見つめた。

「……もう少しで、今回の大きな仕事、終わるんだ。この一週間、朝陽くんのおかげで、今までで一番いいものが描けてる気がする」


「……そうか。それは、何よりだ」


「だからね。もし、この仕事を完璧にやり切ったら。……朝陽くん、私に『ご褒美』頂戴」


俺は、意表を突かれて瞬きをした。

「ご褒美? ……僕にできることなら、何でも用意するが。……また何か、食べたいものでも――」


「ううん、食べ物じゃないよ」

凛は悪戯っぽく微笑んで、人差し指を自分の唇に当てた。

「……内容は、まだ秘密。仕事を全部終わらせた時の、お楽しみ」


「秘密、か。……サポーターとして、準備しておかなくていいのか?」


「準備は、朝陽くんがそこにいてくれるだけでいいの」

凛はそう言うと、ふわりと立ち上がった。

「……じゃあ、おやすみなさい。朝陽くん」


「……ああ。おやすみ、凛」


凛は自分の部屋へ向かう足取りで、一度だけ振り返った。その瞳には、お祭りの花火よりも強くて、消えない光が宿っていた。


バタン、とドアが閉まる。

一人残されたリビングで、俺は自分の手のひらを見つめた。

マッサージで触れた彼女の体温が、まだ指先にこびりついている。


『ご褒美』。

その言葉が、これからの数日間を繋ぐ、解けない呪文のように胸に響いた。

彼女が求めるご褒美が何なのか、今の俺には想像もつかない。けれど、それを叶えるために自分ができるすべてのことをしようと、静かに、けれど強く心に決めた。

第100話、お読みいただきありがとうございました!

彼はこれまで、自分を「誰かの欠けた部分を埋めるための便利な道具」と定義することで、自分の心の傷を守ってきました。けれど凛ちゃんは、あえて「サポーターだから嬉しいんじゃない、あなただから嬉しいんだ」と真っ向から否定しました。これは、朝陽くんにとって、世界で一番欲しくて、でも一番怖かった「一人の人間としての肯定」だったはずです。

さて、次回は第101話。

昨夜の余韻と、謎の「ご褒美」の約束。

お互いに意識しまくっているはずの翌朝、朝陽くんはどんな顔をしてキッチンに立ち、凛ちゃんはどんな表情でイラストに向かうのでしょうか。

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