炎の悪魔と石焼きビビンバ
久しぶりにソロモン君がやって来た。
どうやら今回は仲間も1人引き連れてきたみたいだけど…春香ちゃんと小春ちゃんは無事に接客できるかな?
一応は魔王であるソロモン君を見て、テイルスと同じ発言しないと良いんだけど…。
「いらっしゃいませ!お2人様ですか?(な、なんか凄い格好した人達が来ました!?)」
「うむ!本当はもう3人程連れていきたかったが予定が合わなくてな…」
「まぁ安心しろソロモン。自分で言うのも何だが俺は悪魔の中では結構な大食いだ…。来れなかった3人の分まで俺が食ってやるよ!!」
「…お主は腹が膨れれば味が不味くても問題ないが口癖であろう。だがヴェリエル…此処の食事を口にすればそんな事はもう2度と言えんと思うぞ?」
(あ、悪魔!?店長やテイルスさん、悪魔相手にも平気で接客していたんですか!?)
とある日のレストラン月光、現在の時刻は昼の4時である。
そんな時間にやってきたのは常連の1人である魔王ソロモン、そしてそのソロモンを(今の時点ではまだこの世に生誕してはいないが)勇者から守る幹部…四帝皇と呼ばれる4人の魔族の内の1人…赫焔王、ヴェリエル・インヴェルドだ。
休憩中のテイルスに変わって接客をしていた春香は表面上は笑顔であるが心の中では滅茶苦茶冷や汗を流していた。
「そんでそこで突っ立ってる小娘。俺達はいったい何処へ行けば良いんだ?昼飯まだなんで腹が減ってしょうがねぇんだよ…」
「はっ!は、はい!人が座っていない空いている好きなお席へどうぞ!!(た、対応を間違えたら確実に私が食べられる!!)」
ヴェリエルは笑顔のまま動けないでいる春香を睨みつけながら何処に行けば良いのかと尋ねる。
春香はヴェリエルの言葉で我に返ったのか若干パニックになっているものの空席を幾つか手で差しながら返事をする。
勿論、内心では対応を間違えれば目の前にいるヴェリエルに食べられると思いながらだったが。
「そうか…。じゃあ行くとしようぜ?ソロモン」
「うむ。………って!立場は魔王である余の方が上であろう!何故ヴェリエルが魔王のように振る舞うのだ!?」
ヴェリエルは春香の返事を聞いて睨むのを止めソロモンに窓際の空席に向かった。
…尚、ソロモンとヴェリエルの立場が丸っきり逆転した状態で。
「………えっ!こっちの子は魔王だったの!?てっきりそちらの赤い髪の方が魔王かと…」
ソロモンの発言を聞いて数秒後…春香は驚いたのか心の中で思った事をオブラートに包まずに大声で言い放ってしまった。
春香の発言はしっかりとソロモンの耳に入ったので…
「ぐばぁっ!?」
「お、お客様ぁ!?」
ソロモンは初めてこの月光に来た時の如く、血を吐いて気絶した。
ヴェリエルの方が魔王に思われていた事もあってか吐血した量が前回よりも多い状態で。
「…ソロモンは魔王なのに背が小さいのを気にしてんだよ。底上げブーツ履いたりミルクを1日10杯位飲んだりする程に」
「す、すみません!何でもしますので食糧にするのだけはしないでください!!」
ヴェリエルは呆れた表情のまま気絶したソロモンを背負うと春香にソロモンは背を伸ばす努力を思いつく限りしていた事を話す。
春香はヴェリエルの言葉を聞いてすぐに土下座をし、何でもするから自分を食べないでと懇願するのだった。
自分の目の前にいるのは悪魔、当然春香の発見を聞いて反応しない筈も無く…
「ほーう?ならば今回の料理の代金は免除で良いか?」
「えっ!?」
ヴェリエルはニヤつきながら今日の分の料理は幾ら食べようが無料にしろという…ある意味で厄介な条件を突きつけたのだ。
春香は驚いたものの…
「………分かりました。私の不用意な発言が原因で其方のお客様が深く傷ついたのは確かなので…。店長…聞いていましたよね?」
自分が食べられるよりかは遥かにマシだと思った為にヴェリエルの条件を飲む発言をした後、心配していたのか調理場から今のやり取りを覗いていた輝の方を見ながら話す。
「う、うん…。だけど良いの?今の所、此処へ料理を食べに来た悪魔はソロモン君たった1人だけど食欲凄いよ?元の世界にいたフードファイターも裸足は愚か全裸で逃げ出す位の…。その条件飲むと来月の給与はタダになるよ?」
「だ、大丈夫です!もう1つのバイトでカバーしますから!!」
輝は頷きながらもヴェリエルの条件を飲むと今月はタダ働き同然になるけど良いのかと返す。
春香は構わないと言った後、夜から働くバーの稼ぎで何とかするとフォローをした。
「そ、そう…。小春ちゃんも異存は無い?」
「う、うん。お姉ちゃんが100%悪いのは擁護出来ないもん…」
(…小春ちゃんの言う通り何だろうけど…妹としては庇う気は毛頭無いのかな?)
輝は春香の返事を聞いて納得していないような表情ではあるが実行すると言った後にドリンクを作っていた小春にも確認目的で尋ねる。
突然質問されたが小春は春香を庇う事も無く即答したので、輝は心の中で春香を哀れに思うのだった。
その一方、ヴェリエルはというと…
「さてと…飯代が浮いた事は確定したが何を食おうか…城じゃあ牛の丸焼きばっかだったからな…」
タダ飯にありつけた事で上機嫌になったヴェリエルは普段の食事内容を思い出しながら何を食べようかメニューを見ながら考える。
暫くペラペラとページを捲っていると…
「………ん?何だこりゃ?石焼き…ビビンバ?石で出来た器にもち米という種類のライスを炊いた物を盛り付けた後、その上から甘辛く味付けした肉や野菜等を乗せて焼いた物…。名前もそうだが見た目も面白そうだなぁ…」
ヴェリエルは最後辺りのページにデカデカと映った料理を見て興味を示した。
その料理というのは…石焼きビビンバである。
「よし決めた!おい小娘!この石焼きビビンバを1つ頼む!!」
「は、はい!こちらの石焼きビビンバは仕上げに焼く作業がありますので10分程お時間を頂きますがよろしいでしょうか?」
「構わねぇよ!俺が提示した条件はタダ飯だけだからな!!」
ヴェリエルは近くで作業をしていた春香を視界に入れた瞬間、大声で石焼きビビンバの注文をした。
春香はヴェリエルの注文と大声に驚いたものの料理の提供までに時間が少しかかる物だと伝えた上で石焼きビビンバで良いのかと確認をする。
ヴェリエルは最高位の悪魔の1人であるとはいえ意外と常識はあるらしく構わないと返事をした。
「か、かしこまりました!店長!石焼きビビンバ1つお願いします!」
「了解しました!(さてと…春香ちゃんがソロモン君に迷惑をかけた分、味でお詫びをしないとな!)」
春香は注文を承り、輝は春香に返事をしながら心の中で奮起するのであった。
「お待たせしました!石焼きビビンバです!こちらは真ん中に添えてある生卵を崩し、ビビンバに絡ませるようによく混ぜてからお召し上がりください!」
「ほう…これが石焼きビビンバ…。立ち上る湯気を見るからに熱く…匂いからして美味そうな料理ではないか!」
10分後…ヴェリエルの元に春香が石焼きビビンバを持ってやって来る。
悪魔とはいえ目の前にいるのが料理を食べに来た客の1人であると自覚したのか先程までの怯えは無くなり…元の世界の月光で働いていた頃と何ら変わりない接客態度に戻っていた。
尤もヴェリエルは目の前に置かれたビビンバに夢中であるが。
「お代わりの際は気軽にお声掛けください!では失礼します!」
「さて…確か先程の小娘は真ん中に置かれたこの卵をビビンバに絡めるように混ぜて食えと言っていたな…」
春香はヴェリエルに聞こえてはいないと思いつつも接客をしてから去っていく。
そして数秒程が経ってからヴェリエルはビビンバを食べる為、ビビンバの器の傍に添えられていた木のスプーンを左手に取り…
「この見事な盛り付けを崩すのは些か忍びないが…石焼きビビンバの本来の食べ方と言うのなら従う他に無いだろう」
ビビンバの真ん中にある卵を崩して絡めるように混ぜながら…見事な盛り付けを崩す事に憤りを感じていた。
「ふむ…混ぜるのはこの位で良いか。では味は…」
程良く混ざったと思ったのかヴェリエルはスプーンでビビンバを1口掬い…口の中へと運ぶ。
「………っ!美味ぇ!!成程、確かにこれは混ぜるのが正解な料理だと言わざるを得ねぇな!!(このライスという物に肉は勿論だが野菜と卵の味…それに赤い野菜の辛味が混ざり合い、単体では出せねぇ味になってやがる!!人間にこんな物を作れる技術があったのかよ…)」
どうやらビビンバはヴェリエルの口にあったらしい。
ビビンバを食べるスピードが1匙毎に上がっていき、遂には…
「炎に耐性のある俺だから出来るが…この石で出来た器を持って掻き込んで食うと更に美味く感じるな!!」
(何故だろう…。目の前にいる悪魔が牛丼を食べるサラリーマンに見えてくるのは)
(さっきまであの悪魔の人に怯えていた自分が恥ずかしく思います…)
(あの器…まだ熱い筈なのに片手で無傷で持ち上げるなんて…。この悪魔なら熱された鉄板の上でも10秒以上の土下座が出来そうですね…)
右手でビビンバの入った器を持ち上げ、左手のスプーンを箸のように使って丼を食べる時の如く掻き込んで食べていく。
そんなヴェリエルを見て輝達は別の事を思い浮かべていた。
「お代わりだ!次は大盛り…。それに辛味も更に強くしてくれ!!」
輝達が考え事をしている間にヴェリエルはビビンバを完食したのか、お代わりを要求した。
「はい!かしこまりました!って熱っ!!」
「春香ちゃん!?」
「お姉ちゃん!?」
春香はヴェリエルの注文を聞いて了承すると同時に空の器を下げようとしたが食べ終わるのが速かった為に春香の指先が器に触れた瞬間、器に篭っていた熱で後ろに飛び退いてしまい輝と小春は急いで春香の元へと駆けつける始末だった。
「………美味かった。この位で満足だ」
追加のビビンバの注文をしてから2時間が経ち…漸く満足したのかヴェリエルは空の器の中にスプーンを入れた後に腹を軽く叩く。
尚、腹は全く出ないどころか見事に割れた腹筋が顔を出していた為に春香と小春とテイルスを腹痛女性は皆、ヴェリエルの見事な腹部に視線が集中していた。
「お粗末様です(大盛り含めて25杯か…50杯位いくと思ったけどこれなら春香ちゃんの給与は多少残るな…)。…あ、それとコレは…ソロモン君へのお詫びの品であるハンバーガーセットです」
「おっと、そういやソロモンはずっと気絶してたから食えなかったんだっけ」
「えぇ。ハンバーガーは勿論、パターテフライにバードナゲット、飲み物には缶コーラを入れています」
そんな中に輝は白く大きな袋に入ったハンバーガーセットをヴェリエルに差し出した。
ヴェリエルはソレを見た後、未だに気絶しているソロモンに視線を落としてから袋を受け取る。
「んじゃ、食う物は食ったし貰う物は貰ったんで…俺達はそろそろ帰るとするか」
「「も、燃えたぁ!?」」
ヴェリエルはそう言って左腕をゆっくりと天に掲げた後…思い切り左手をパチンと鳴らす。
その瞬間にヴェリエルとソロモンの体を黒い炎が包む。
「安心しろ小娘共!この炎は転移する為の炎で物を燃やす力は無いし熱も無い!またビビンバが食いたくなったら来るぜ!!」
「あ、はい。またのご利用をお待ちしてます…」
突然現れた黒い炎に春香と小春が驚いたのを見てヴェリエルは咄嗟にそう言って落ち着かせた後に時間は何時になるか分からないがまた来る事を宣言し、輝はヴェリエルのまた何時か食べに来るという言葉に頷き、転移用の炎が消えるのを見届けた。
「さて…。あの石焼きビビンバとやら…この魔王城のコックが作れるとは到底思えないし…まずは熱を帯びる器を作る事からやってみるか」
場所は変わり…魔界の中心に聳え立つ魔王城のヴェリエルが住まう一室。
転移の炎で帰ってきたヴェリエルはソロモン(気絶したまま)とハンバーガーセットの入った袋を転移の炎で玉座へと転移させると…城にいるコックにはビビンバを作る事は無理だと見限り、石の器を作る事を第1目標にするのだった。
何とか無事(?)に切り抜けられたけど…今度から新人研修の中にテイルスの変化を使って異形のお客様に対するシミュレーションを行う事にしようかな。
そうなったらバイトを雇う度にソロモン君が気絶しないで済むだろうし。




