豹の獣人族とハンバーグ
今日のお客様はテイルスと同じ獣人族。
…といっても種類は豹と別の動物なんだけどね。
ちなみに僕がこの世界で料理屋を始めた時期からの常連の1人でもあるんだよね。
「ご馳走様♪今日の和風ハンバーグ…美味しかったわ」
「ありがとうございます。レパーディさん」
「さて、いつも通りに勘定を…と言いたい所だが実はうっかり財布を忘れちゃってね。代わりといっては何だけど…つい最近手に入れたこの魔鍵で手を打ってくれないかしら?」
「…魔鍵?なんですか?コレ」
とある日のレストラン月光、現在の時刻は夜の6時頃…客もまずまずといった状態である。
そんな時に料理を食べ終わり、金の代わりにある物で勘定を済ませようとしているのは…クロウ・レパーディ。
豹の獣人族でヒカル達には冒険者と伝えてはいるが、本当の顔はこのヴェネタリア及びその周辺国で名を轟かせる1匹狼…否、この場合は1匹豹である女盗賊クローズの正体である。
不殺を貫き、悪しき財を盗み貧しき人を助けるがモットーで標的となる悪徳貴族からは目の敵にされているが貧しい民からは1種の英雄と呼ばれる存在だ。
「100年程前に名を轟かせたアルセイラ・ルーパーという怪盗が使っていたと云われる伝説の鍵だよ。ありとあらゆる鍵を解く事が出来るらしい」
レパーディは輝に手渡した魔鍵の詳細と魔鍵がレパーディの手に渡るよりもずっと前にどんな人間が使っていたのかを語っていく。
「あ、ありとあらゆる鍵を解く事が出来る…?というかアルセイラ・ルーパーって…。なんか子孫も怪盗してそうな名前ですね」
「因みに鍵を解くだけでなく…転移魔法のようにこの鍵を使った扉から別の場所にある鍵を使う扉へと繋げる事も出来る…らしいわよ?(バ、バレてる!?私の曽祖父がそのアルセイラだって…)」
レパーディの説明を聞いた輝は咄嗟に思った事を呟くように返事をする。
そんな輝の返事を聞いてレパーディは更なる魔鍵の使い方を語ったが…その内心は凄く焦っていた。
ただ違ったのはアルセイラという者がレパーディの祖父ではなく曽祖父であった事位だろう。
「と、とにかく!1回使ってみな!アンタ、酒に困ってるんだろ?」
レパーディは誤魔化すように魔鍵を使ってみるように促した。
ある時に偶然聞いた輝の悩みを使って。
「は、はい。…ん?え?レパーディさん何でその事を…って居ない!?」
輝はレパーディの言葉に返事をしたものの数秒だけ違和感に気付いてから、何故その事を知っているのかと尋ねようとしたが…既に席にはレパーディの姿は無かった。
「………まぁ、いいか。それにしても鍵を使う扉から別の場所へと行ける鍵…か」
輝はまぁいいかと割り切ったが…手の中にある魔鍵を見て、ある事を閉店後に試してみるかと決めるのだった。
「…っと。今は仕事に専念しなきゃな」
さて、今回は今日のレパーディの様子ではなく…初めてこの店を訪れた時の事を語ろう。
「ふふっ。今日は上々の収穫ね♪」
遡るはレストラン月光がこのヴェネタリアに来て間もない頃に遡る。
「こういう日は何かパーッとご馳走でも…。あら?」
その日のレパーディはある悪徳貴族から獲物を難無く盗み終え、自分へのご褒美として豪華な食事をしようとしていた。
そんな時にレパーディはある建物を見つけた。
「確か前に来た時、あの辺りは更地だったような…?」
そう、レストラン月光である。
因みにまだテイルスもリリィもこの店で給仕として働いてはいない。
テイルスとリリィの2人がこの店に…否、このヴェネタリアに来るのはもう少し先の話である。
「見た事もない文字だね…。ランスロンドやオースウィンの物とも違う…」
レパーディは興味が湧いたのかレストラン月光へ近付いたものの、この店の主である輝がまだヴェネタリアの文字を全て書けなかった為に屋根の看板に書かれている文字や扉の近くに立て掛けてある看板の文字を読めなかったのだ。
「あ。お客様…ですか?」
気配を感じたのかは不明だが、輝が扉を開けて目の前にいたレパーディを見てそう尋ねてきた。
「ん?お客様って…。ッ!?何か扉の向こうから凄い良い匂いがするんだけど…!」
レパーディは輝の言葉を疑問に思っていたが、扉が開いた瞬間に漂ってきた匂いに目を見開きながら輝に詰め寄る。
流石は嗅覚の鋭い獣人族だ。
「あぁ。此処はレストラン…いや、料理屋でしてね。今は数人程中にいらっしゃいますが…食べていきますか?値段も手頃ですよ」
「手頃な値段…ねぇ?(大体2ゴルドや3ゴルド位って所かしら?高い店は魚で5ゴルド位だし…)」
輝はレパーディの言葉にすぐに返事をしつつ料理を食べていかないかとやんわりと尋ねる。
レパーディは輝の言う手頃な値段という単語に興味を示しながらどの位の値段なのかと内心では予想を立てていた。
「はい。肉料理は高い物で1ゴルド前後、魚料理も高い物はその位ですが…」
「ふーん、高いって言っても所詮はその位ね…。なら遠慮し………ん?今、何ゴルドって言った?」
輝はこの街で出している料理の中でも1番高い物を例に出して答えた。
レパーディはやはり高かったのかと納得して止めておこうと言いかけたが、すぐに我に返って輝に確認を取る。
「え?あ、高い物でも1ゴルド前後って…「嘘じゃないわよね!?それ!!」え?は、はい!」
輝はもう1度同じ事を言ったがレパーディに嘘ではないかと迫られ、驚きつつも嘘ではないと返す。
「なら入るわ!」
「か、かしこまりました!」
こうしてレパーディは店の中に入る事に決めたのだが…この時の輝はこう語ったらしい。
「あの時のレパーディさんは動物のドキュメンタリー番組で見た豹にそっくりだった」…と。
「ご注文は何にしますか?」
「そうね…。私は見ての通り豹の獣人族だから肉が好きなんだけど…最近は硬い肉ばっかりだったから…柔らかい肉が食べたいわ」
店に入ったレパーディを席に案内した後、輝は注文を聞く。
レパーディは少し考えた後、柔らかい肉を食べたいと言った。
「柔らかい肉…ステーキも一応は柔らかいけど…この世界だと大体のお客様は安くても抵抗する気があるし…あっ。アレなら良いかも?」
輝は柔らかい肉と聞いてステーキを頭に思い浮かべたが全くと言って良い程に注文されなかった事を思い出した後、ある意味では柔らかい肉に該当する料理を思い出した。
「アレ?」
「はい。ハンバーグという…挽肉にした牛肉を捏ねて焼いた物です。挽肉にしているからナイフで切れる程に柔らかいので今のお客様にはピッタリかと思います」
「ふーん?じゃあそのハンバーグとやらを1つ。それと付け合せはあるかしら?あるならそれも…」
「かしこまりました。付け合せと言うと…ライスとスープにサラダの事ですかね?承りました」
レパーディの注文はハンバーグとライス等のセットに決まったので、輝は厨房へと戻った。
まだこの時点では充分なパンの確保が出来なかったのでライスだけになっているのだ。
「それにしても…どんな料理が来るのかしら?挽肉なんて普通は豚肉だけ…しかもサルシッチャに使うしかない筈」
レパーディは料理が来るまでの間、自分が注文したハンバーグがどんな物なのかを予想するのだった。
尚、サルシッチャとは輝の世界にある国イタリアのソーセージに似た物である。
「お待たせしました。ハンバーグです」
「こ、これが…ハンバーグ!」
10分後、輝が料理を持ってやって来た。
目の前に置かれたハンバーグを見てレパーディは目を輝かせる。
輝はライス、サラダ、スープの順に置いた後にソースの入った小さな器を置く。
因みにこの器に入っているソース…今日はチーズソースであったが、日替わりで偶に出るデミグラスソースは輝の手作りである。
先代店主である神月 煌太郎も輝と同じくデミグラスソースは手作りなのだが…違うのは輝の場合は12時間、煌太郎の場合は24時間…要は丸一日使うのである。
「えぇ。そのままでも美味しいんですが、ソースをかけると更に美味しくなります」
「そう?じゃあ早速食べるとしようかしら♪」
輝の話を聴き終わったレパーディは右手にナイフ、左手にフォークを持ってハンバーグを食べる事にした。
「ほ、本当にナイフで簡単に切れるわ…。まぁ肝心なのは味よ味!」
レパーディは1口大に切ったハンバーグを口に運んで咀嚼する。
「美味しいっ!コレ、本当に肉なの!?」
ハンバーグはどうやらレパーディには好評だったようだ。
あまりの柔らかさと美味しさから本当に肉なのかと疑う程ではあるが。
「肉です。牛肉に炒めた玉葱…いや、オルニオと卵とミルクに浸したパン粉を繋ぎにしてますがね」
「ツナギ?」
輝は元いた世界では当たり前に使われている料理の技術を使っていると話すが、この世界にはまだ無い技術である為にレパーディは勿論、周りで食べていたラヴァンダやパン屋の店主に隅の席で1人ワインを片手にステーキを食べる名前と素性が不明な老人も疑問に思っていた。
「牛肉の挽肉だけだと纏まりにくいんです。だから焼いた時に崩れにくくするのと嵩増しを兼ねて繋ぎという物を使うんです。勿論、ハンバーグをフワフワにする事も出来るので」
「へぇ…。シンプルな見た目の割に工夫が施されてるのね」
レパーディは輝の説明を聞きながら、先程食べたのと同等の大きさに切られたハンバーグの断面を見つめて呟く。
恐らくはハンバーグの中に入っているというパン粉を探しているのだろう。
「プロの中には牛肉だけでハンバーグを作る人もいますよ?」
「ふぅん…?いつかは牛肉だけのハンバーグも食べてみたいわね」
そんな輝はレパーディに元の世界では牛肉だけでハンバーグを作る事の出来る料理人もいると異世界から来た事を暈して呟く。
勿論、その言葉を聞いたレパーディは反応しない筈も無く…牛肉だけを使ったハンバーグも食べてみたいと返事をするのであった。
「一応挑戦はしてますよ?でも返す時に形が崩れる事が多くてね…」
そう、まだ輝は店を継いで経験が浅い。
殆どの客が満足できる料理は作れてもプロの領域に達している訳では無いのだ。
尚、牛肉だけを使ったハンバーグを作れるのは輝の父親である煌太郎と輝の行き付けの喫茶店のマスター位しか輝の知っている人物の中では数少ない。
「ふふ、美味しければ見た目が多少崩れてても問題ないわよ♪」
「い、いえ!お客様が目で見ても楽しめるようにがこのお店のモットーなので!」
尚、輝の場合は焼き加減は問題無いのだが返す際の力加減が掴めない為に多少形が崩れてしまう。
そこだけをクリアすれば普通に牛肉だけのハンバーグは提供する事が出来るのだ。
「そう。なら楽しみにしておくわね♪」
「は、はい…」
「…とそれは良いとして…この黄色いのは何かしら?匂いからするとチーズだと思うのだけど…」
提供できるようになるのを楽しみにすると言ったレパーディに輝は苦笑いのままで返事をする。
その直後…レパーディは小皿を指差して中に入っている黄色いソースは何なのかと尋ねた。
「あ、これはチーズソースです」
「チーズ…ソース?」
「はい!ハンバーグにかける為に作ったんです。食べている時に味を変えたいって言う人は少なからずいますからね」
「成程ね…その気持ち、何だか分かる気がするわ。私も仕事中は塩気の強い干し肉や硬いパンばかりだもの」
レパーディはそう言うと小皿の中のソースをハンバーグにかけ、ナイフで1口大に切って口に運ぶ。
「………っ!これは…チーズのまろやかな風味が肉やオルニオの味をより一層引き立ててる!チーズの使い方ってパンの味付けだけじゃないのね!」
「そのままで食べた時は味に多少癖はあったけど…それを私の持てる技術で何とかしたのがお客様の目の前にあるこのソースですから」
どうやらチーズソースもレパーディには好評だった。
この世界ではまだチーズは保存食としか見られていない事もそうなのだが、食べる時もそのままではなく焼いたパンに擦り付けて味を多少変えるだけの存在でしかなかった為に食べるまでレパーディは大した事は無いと思っていた。
実際、このチーズソースに使われていたのはこの世界のチーズなのだが輝の創意工夫によってハンバーグの味を引き立てるソースに変貌したのだ。
「とっても美味しかったわ!今まで行ったどの料理店よりも最高の味よ!!」
「ありがとうございます。一応まだハンバーグは作れますがお代わり等はいかがです?」
「いえ、今日はこの位にしておくわ♪なんかこのまま食べ尽くして破産しちゃうかもしれないから」
数分後…レパーディはハンバーグを食べ終え、目の前にいる輝に賛辞の言葉を述べる。
輝は頭を少し下げて礼を返すと、お代わりはするかと尋ねる。
ハンバーグの虜になっていたレパーディは少し考えてから止めておくと返す。
実際、続けていたらそうなっていたのは間違いないだろうから。
今日のレパーディさんがお代としてくれたこの魔鍵…レパーディさんの言葉が本当だとしたら…元の世界に戻れるかも?




