23 ビステク
……この気配は!?
「ロシュ」
師匠も気が付いているみたいだ。
「はい、囲まれていますよね」
「なんですって?」
間違いない。敵意がこちらに向いている。
森の中で馬車を襲うといえば狼か……。
「俺は後ろを、お前は前の奴らだ。気を付けろ」
「はい!」
師匠は躊躇なく茂みに入っていった。
僕も刀をもって降りる。
薄暗い森の中、かすかにうなり声が聞こえる。
注意深く、音の方に行くと、目の前に狼がいた。
よし、まだこちらに気が付いていない。
先に刀を抜くべきだったな、と心の中で反省をしながら、腰の刀に手をかける。
——グルルルル!
しまった! 後ろだ!
後ろから覆いかぶさるように襲われる。
くそ! 組み伏せられた! 反撃できない!
「大丈夫ですか! ロシュ君!」
その声は!
「グレルさん!」
とっさに刀を投げる。
少し躊躇していたが、グレルさんは刀を抜いて乱暴に振り上げた。
「わぁあああ!」
——キャウン!!
下敷きになっていた僕にまで伝わる衝撃。
この太刀筋……、やっぱりこの人は軍人だったのかもしれない。
先ほどの一撃に怯んだ狼の群れは四方に逃げていった。
「グレルさん大丈夫ですか」
「……」
「グレルさん……?」
「あ、いえ、なんでもありません。お怪我はありませんか?」
「はい、おかげで助かりました」
表情が青ざめている。どこかケガをしたのだろうか。
こと切れた狼を見ると、とても大きい。これは魔物だろうか。
グレルさんは刀から目を離せないようだった。
「ロシュさん。この武器は……」
「これは刀という名前の剣です。剣と言っても逆刃刀といって、斬れないようになっているんですけどね」
まじまじと刀を見るグレルさん。
そうそう。わかりますよ。刀で一撃を与えた時の余韻はなんとも言えないんだ。興奮やら罪悪感やらで変な気持ちになるんだよな。
「そう……ですか。握ったときになにか懐かしい感じがしたもので……」
「もしかしたら、剣術をやっていたのかもしれませんね!」
「いやいや、私はそんな危ないことは……。 しかし、この辺も物騒になってきました。前は狼なんて出なかったのに……」
「向こうのでかいのは仕留めた。こっちは大丈夫か?」
師匠が草むらから出てくる。返り血一つ浴びていない。
「はい、なんとか……」
グレルさんはなんとも言えない顔で自分の手を見つめていた。
——
やっと宿についた。
宿はこじんまりとしているが、手入れが行き届いている。
荷物を下ろすと、師匠はさっさと部屋へ行ってしまう。
入口の近くの食堂にいた先客が話しかけてきた。
「おお! 大丈夫でしたか? グレル殿」
お金持ちそうな格好をした男の人が出迎えてくれた。街の人だろうか。
「はい、この方が手伝ってくださいました。あ、ロシュさん、紹介します。いつも贔屓にしていただいているウメタローさんです」
「ウメタロー・サイタニと申します。商人をやっているものです」
見た目通りで上品な人だ。名前と顔立ちから見るに師匠と同じヒノモトの人だろうか。
しかし髪型や恰好は僕たちと同じだ。
「カヴァスキの大商人様なんですよ」
「いえいえ、そんな。大層なものではないですよ」
「そして、こちらは商人のロシュさん」
「ほう。ご商売は何を?」
「あ、えーと。鉄と剣を少々」
「ああ、鍛冶屋さんなんですね」
「そ、そうです! 僕たちもこれからカヴァスキに行く予定で……、様子はどうですか?」
「カヴァスキですか? なんといっても今は好景気。特に軍需産業が盛んですね」
「やはり武器が売れるんですね……」
「何かご心配ですか?」
「シシオ軍団が支配しているんでよね? 何か理不尽なことがあるんじゃないですか?」
「とんでもない! シシオ様のおかげで街は一層栄えています。前の国王は規制ばかりして商売の邪魔でしたからね」
やばい、アマリアさんが爆発しそうだ。
「あーら? シシオ軍団は各地で横暴を働いているという噂ですわよ!」
「そうなのですか。うちの方はありませんけどね」
「ふん、どうだか?」
「はい、お疑いなら一度いらしてみてください。こちらをどうぞ」
ツェストアサムンテ商会と書かれた立派な判が押してある紙を渡される。
「カヴァスキの大通りを少し行ったところです」
「ツェストアサムンテ商会……。あの海運業の?」
「御存じですか? うれしいです。あなたのような高貴なお方に知られているなんて。相当お詳しいのですね」
「うふふ……まぁね♪」
アマリアさん、ちょろい。
「ねー、ねー」
あれ? 子どもがいる。
「どうしたの?」
「はい!」
手渡されたのは何かの骨。
……骨?
「こら、コト! また変なものあげて。すみません」
「いえいえ、かわいいですね」
「ありがとうございます」
グレルさんの奥さんとお子さんか。かわいいなぁ。5歳くらいだろうか。
「男の子ですか?」
「女の子です」
あ、気まずい……。こういう二択を外すのが僕だ。
人懐っこい子どもと戯れながら、夕食を待つ。
そろそろ師匠も呼ぼう。お腹すいているだろうし。
「さあ、夕飯ができましたよ! 今日は比古さんが仕留めてくれた猪のビステクです!」
おお! 聞いたことがない料理だ! でもおいしそう!




