21 局長見参
「ロシュ、ここでいいか?」
「はい! パドルさん、送ってもらって申し訳内です。馬車まで出してもらって……」
「いいってことよ、今日も散歩かい?」
「はい。この辺を見て帰ります」
「あのよ、ロシュ……」
「はい?」
「いや、なんでもない、気をつけてな」
「はい!」
パドルさんの背中を見送る。何か隠し事をしているような……。
まぁいいか。
偵察のついでに、今日もまたオキタさんのところへ行く。
この1カ月、ほぼ毎日訪ねては迷惑かな?とも思うけど。
今日こそ、この作戦にオキタさんを誘ってみよう。
あれだけ強い人だ、絶対助けになる。
そろそろ工場に潜入する作戦が始まるだろうし、戦力は多いほうがいい!
——うん、そうしよう!
そんなことを思いながら向かうと、またいつもの場所でオキタさんは川を見ながら佇んでいた。
よかった、ほかの場所を偵察していたから遅くなったと思ったけど。
鼻歌を歌っている。独特な曲調だ。故郷の歌だろうか。
「オキタさん。こんにちは。」
「……。お、やっぱり来たか。」
「えへへ、また来たよ」
「ロシュ君。この前見せた似顔絵覚えている?」
……? ああ、あの独特な絵の人か。
「うん、覚えているよ」
「あの人見つかったんだよ。やっぱりこの町に来てくれたんだ」
「すごい! よかったね!」
「だから、……明日、ここを発つことにした」
「明日!? それはずいぶん急だね」
どうやら誘うことができないようだ。残念。
「すまないね。君には世話になった。久々に楽しかったよ」
「そんな。僕のほうこそ」
妙な沈黙のあと、オキタさんは川の向こう岸を見ながら言った。
「ところで、君に聞きたいことがあったんだ」
「なに?」
「君の師匠の名前さ」
「師匠の名前?」
「いやなに、もしかたら知り合いかもと思ってね」
「比古 清十郎と言います」
「……そうか」
「もしかして知ってた?」
「いや……」
オキタさんはまたこちらに向き直る。
「今日もやっていくかい?」
「ぜひ、最後にお手合わせをお願いします」
いつもの木刀を握りしめる。
「そうだね。……”さいご”になるね。よし。やろう」
僕はいつものように木刀を構えた。
その時、オキタさんが木刀を持っていないことに気が付く
「オキタさん。……木刀は?」
——ヒュン!
あぶない!
斬られた木刀の先が落ちてカランと音を立てる。
オキタさんは抜刀をしていた。
僕は反射的に距離を取る。
「ロシュ君。今日はこっちでやるよ」
——オキタさんの目つきが変わる。この感じ、……刀を抜いた時の師匠みたいだ。
「じ、冗談だよね?」
「……本気だよ」
オキタさんはゆっくりと切先を向ける。
「オキタさん!」
「実戦が1番の稽古になる。さあ……構えるんだ」
オキタさんの後ろ足が地面を踏みしめる。
「志々雄軍団、十本刀•真打がひとり。沖田 総司。……参る」
シシオ!?
「嘘……だよね?」
「侵入者を殺すように言われた。すまないけど……死んでくれ」
構えが変わった!
——踏み込み! 速い!
考えるより先に刀を抜き、一撃を受け止める。
受け止めた後に、向こうに付いた踏み込みの跡に気が付く。
あんなところから突きを放ったのか!
「あれ? しくじった……。やっぱり斎藤さんのようにはいかないか。……ゴホッ」
「オキタさん!」
「次は……、ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ! ヒュー……、ヒュー……」
オキタさんの喉からかすれた笛のような音が鳴る。
「シシオの仲間になったんですか!?」
「……っ違うね。僕はずっと……新撰組だっ!」
——ガキィン!
撃ち込まれた一撃を受ける。だめだ、防戦一方だ!
「逆刃刀なんて! しゃらくさい! ゴホっ!」
逆袈裟! 受け止める。
「やめてください! 戦いたくない!」
「甘えるな! こうなっては、君が死ぬか、僕が死ぬかだ。ゴホッ! ゴホッ!」
「やめてくれ!」
撃ち込まれた刀を滑らせて飛ぶ。
——飛天御剣流 龍巻閃 !
「——っ! ヒュー……、ヒュー……。すこし前から気が付いていたよ。大した才能だ。このまま鍛えれば、斎藤さんや永倉さんに匹敵する剣士になれるかもしれない」
オキタさんがゆっくりと構え直す。
「ここで死ぬなんて、実に惜しいよ。ロシュ」
視線が刺さる。
——死
思わずまた距離を取った。
今日僕は死ぬかもしれない。
いやだ。まだ僕にはまだ……
「さっきも言っただろう。死んでもらうよ!」
駄目だ!避けられない!
ギリギリで剣を受け止める。来る! 三段突き! いや
——蹴り!
何とか受け身をとると前を見る。
「はぁ!」
突きだ! かろうじて身を躱す。
「ゴホッ! ゴホッ! ゴホッ! ヒュー……、ヒュー……」
胸のあたりを握りこむオキタさん。
「……またか、今日は客人が多い」
僕のほうへ言っているが目線は僕のはるか向こうだ。
視線だけ後ろに送ると、奇妙な男がゆっくりと歩いてきていた。
「隊長ぉ! 見つけたぞぉ! やはりこっちへ来ていたなぁ!」
「鵜堂 刃衛……!」
「うふわははははは! 今日は最高だ! 今度こそ斬ってやるよ! 沖田ぁ!」
刀を抜いた!
危ない!
僕はとっさにオキタさんの前に出た。
——ガキィン!
何とか受け止める。なんて禍々しい一撃だ!
「さ、逆刃刀!」
……動揺している?
ウドーはさっと距離を取った。
「貴様、なぜ逆刃刀を? まさかあいつも来ているのか?」
—— 総 司! 無 事 か あ!?
野太い声がこだまする。
また誰かが来た、これ以上敵が増えるのはまずい。
声の方を振り返る。
——大きい人だった。
師匠やハンジローさんも大柄だけど、その人は少し違う。なんというか、山みたいな存在感を放っている。
立っているだけなのに不思議と目が行く。威圧感はあるのに怖くない。
近づくにつれて分かった。
この人、強い。
剣を抜いているわけでもない。殺気を出しているわけでもない。
それなのに、僕の本能が警戒をしているみたいだ。
「近藤さん。遅いですよ」
あの人がコンドーさん? 相当な修羅場をくぐってきているのか、この状況でも動じていない。
「悪いな。だが総司、あまり興奮するな。また咳がでているじゃねえか」
「そんなこと言ってる場合じゃないでしょ……ゴホッ」
「……で、どうする?」
「……今は鵜堂でしょうね」
「よっしゃ!」
刀を豪快に抜くその姿は、鋼鉄を鍛錬するときの、鋭く尖った炎を思わせる。
「少年、どきな。ケガをするぞ」
ずんずんと歩いてくるコンドーさんに思わず道を譲る。
「局長ぉ! アンタにもずいぶん世話になったな! 死ねぇ!」
「来い!」
斬り合う2人を警戒しながらオキタさんのところへ向かう。
「オキタさん、逃げてください」
「甘いね、君は」
「……なぜシシオに味方するんですか! オキタさんが奴のために人を殺すなんて」
「言っただろう。僕は新選組なんだ、局長のためなら人殺しだってする」
「あなたの剣はそう言ってないですよ! 人を傷つけるための剣じゃないはず」
「うるさい!」
「オキタさん!」
「小僧! お前に何がわかる!」
凄まれた目の奥に悲しさを感じる。僕は何も言わず、オキタさんから目をそらせなかった。
—— ド ゴ ォ オ オ オ ン!
爆発!?
轟音のほうへ顔を向ける。 あの鉱山だ!
「総司、まずいぜ。鉱山が」
——ドドドドドドドドド!
今度は蹄の音! これはもしや。
セキホー隊!
「りゃ撤退だな。総司、船で逃げるぞ」
走り去る2人を横目に、ウドーの方を警戒すると、意外にも刀をしまっていた。
「ふん、興がそがれた……」
「待て!」
「お前はもっと強くなってから斬るとしよう。さらばだ、飛天御剣流の使い手よ」
なぜ飛天御剣流だとわかったんだ?
ウドーの背中を目で追っていると、後ろから声がする。
「ロシュ、ここにいたか」
「師匠!」
そうか! 師匠は相楽さんを呼びに行ってたんだ。
「鉱山へ行くぞ、この町を取り返す」




