19 刃衛の気まぐれ
自分の杖をじっと見る。
私が8歳の時に宮廷魔法使いの先生からいただいたから、この子とも長い付き合いになるわ。
師匠に言われた。「あなたは良い魔法使いになりなさい」と。
先生も志々雄に殺されてしまった……。
父上も母上も、兄さまたちも。
いつもの点検。魔法石よし、持ち手よし。できれば革を新調したいところね。
ドアに向かう。
今日こそ、あの工場に……。
「アマリアさん! どちらへ?」
出ようとするとロシュが声をかけてきた。
「べつに、町でも見て来ようと思って。……アンタこそ、どこに行くのよ」
「僕は偵察です」
「あっそ」
背中を見送る。あんな太い棒を持ってどんな偵察するのかしら。
「おごじょどん」
ふいに声を掛けられる。 ハンジローさんね
「ハンジロー殿、なにか? それと、私の名前はアマリアですわ……」
「おごじょどん、どこへ行かれる? 潜入は相楽に連絡が届いてからだと……」
話を聞かない人ね。
「いいえ、ちょっと町に……」
「……そうか。町は危険じゃ、お気をつけなされ」
「はい、そうしますわ」
背中を見送る。あの人アタシの名前を「オゴジョ」だと思っているのかしら。
そんなことより今日こそあの工場に潜入しないと。
比古 清十郎は相楽殿に知らせてからと言うけど、一月も経っている。
当の比古清十郎はまたどこかへ行ってしまった。
もう我慢ならないわ。建物の中の配置だけでも見に行かなくちゃ。
建て付けの悪い引き戸を開けて町へ向かう。
町を歩ていて気が付いたことがある。
この町はアブンデンゼレンと違い、表立って支配はしていない。
でもわかる。この町の人は何かにおびえながら生活をしている。
異国の者が常に何人か見廻りでもしているみたい。
来た。ここには数日に一度、食料の積み込みがある。そこに紛れられれば。
「おい! 女ども! 食料はここに置いておけ!」
通された倉庫のような場所に荷物を運び込む一団に紛れていく。
——いま!
荷物の影に隠れて身を潜める。
丈夫そうな鉄の扉がガシャリと閉まる。
外への扉は閉じられた。覚悟を決めて中へ続くドアへ向かう。
この先の扉が工場に繋がっているみたいね。
そっとドアを横に引く。
——開いた。
この荷物を取りに来る奴らがいるはず。早く隠れないと。
中に入るが、思わず足が止まった。
——何もない。
中に何もない! そんなはずは……
「どういうこと……?」
思わず声にでた。
「やっぱい、ここに来たか」
誰!? 杖を構える
「ワシじゃ! 」
「ハンジローさん!」
「潜入は相楽に伝令が通ってからと言うたはずじゃ」
「そんな事言っている場合じゃないわ、急がないと」
「ならん! すぐに……」
——誰かいるのか……
「誰じゃ!」
——いいねぇ……。いい殺気だ
男が立っていた。全身を黒い布で覆っていて、暗闇に溶け込むような奇妙な格好だ。
その格好以上に、目の奥からあふれ出るどす黒い雰囲気は、こいつがどんな人間か物語っている。
こいつは人を殺したがっているんだわ。
「貴様、どこかで」
「貴様も日本人か? ここにきてから不思議なことばかりだ。南蛮人の国に妖術……。死んだはずの仲間。くくく、飽きないねぇ」
「なに者じゃ、答えによっては斬る」
「俺の名前は鵜堂 刃衛」
「鵜堂……壬生狼か?」
「その構えェ、示現だな? あぁ……、思い出したぞ、……人斬り半次郎だ。同業者だねぇ」
「何が目的だ?」
「何もない。 ここに来たのも初めてだ」
「志々雄の手下ではないごか?」
「志々雄ぉ? 志々雄もここにきているのか。これは面白くなってきた」
こいつ、志々雄の手下ではないとすると何者?
「あいつは嫌いだったよ。同業者だったが、野心ばかりで殺しに美学がない。だが……、あいつに斬られたやつは、くくくく、たいそう苦しそうな顔をしていた。あれは良い」
「ここでなんばしよっと」
「懐かしい顔がいたんでちょっとじゃれていただけだ。ここにはなぜか新選組が多く集まっている」
「なんじゃと?」
「なんでも、ここの地下からつながる鉱山を守っているのだとか、ほら」
鍵の束を放る
「これは」
「外のやつが持っていた。おそらくその鉱山のカギだろう」
「なぜわしらに協力する?」
「協力ぅ? ちがうね。俺はいらないから捨てたんだ。誰が拾おうが知ったことではない」
「そいか」
「新選組が守っているこの場所。何があるか知らないが、めちゃくちゃにしてやりたいねェ。うふわははは」
そう言うと奴は外に歩いていった。
なんだったの? 敵じゃないし、味方でもない。
「ここん地下の鍵みたいじゃな」
鍵を拾いながらハンジローさんが言った。工場の端に不自然な地下への扉がある。
ここは工場じゃなくて、鉱山に送る荷物の倉庫だったんだわ。
「行きましょう。この工場の地下がどこかにつながっているはず」
——
階段を下がると、坑道が続いている。
この規模の坑道をこの何年かで作ってしまうなんて、志々雄真実は何者なの?
「おごじょどん。後ろに」
もう訂正するのも面倒だわ。だまって後ろに下がって歩く。
「こん先に採掘所があると見た。そこで掘っているのはおそらく……。しっ!」
三つ又に分かれた道の先から何人か歩いてくる。ボロ布を被った人とそれを追い立てる人。
「遅いぞ! 飯はいらないのか!」
「ぐぁあ!」
鞭を持った男が前の人を蹴っていた。
やっぱり。町の人が強制労働させられている!
「助けましょう」
「いや、ここで騒がれてはまずい。こんトロッコでもっと奥へ行く」
「きゃっ!」
近くにあった貨車に私を乗せる。
「ボロ布から顔ば出さんでくだされ」
——
「ご勘弁ください!」
「休ませてください……」
しばらく進むと、うめき声や悲鳴がこだましてきた。
大きな空間に出たようだ。布の隙間から外を見る。あいつら、こんなにたくさんの人を!
……あ! あれは。
「ハンジローさん」
「……なんじゃ」
「あそこへ」
「……?」
「味方ですわ」
こっそりと外に出て、木で仕切られただけの劣悪な寝床のような場所へ行く
「みなさん。助けに参りました」
小声でその人たちへ話しかけた。
「お前ら。オアメンが助けに来ただと? このドワーフを?」
ドワーフ。王国に住む部族。その頑強な肉体と鍛冶の技術の高さからこの辺りの鍛冶ギルドを牛耳っている。銃の作りを見て、確実に関与していると思っていたけど、囚われていたなんて……。
ドワーフと人間は長らく対立関係にあった、皮肉なことにシシオが出てきてからは協力関係にある村もあるとか。
「そうです。ここを脱出するの」
「そうしたいのは山々だが、姫が人質にとらわれておる」
「ドラガナ姫を……? なんて卑劣な」
「頼む。姫様の無事がわかれば、あんな奴らなど相手ではない」
ドワーフは腕力が並外れている部族、この人数が一斉に暴れだせば止められないはず。
「ほいじゃ、これで戦力ばそろった。敵の数も大したことなか、勝ち戦じゃ」
ハンジローさんはニヤリと笑う。
「そんお姫様ばどこにおる?」




