18 沖田という刀
例の工場のそばにはスタンカ川 という大きな川が流れている。潜入をするならこの川を船で渡って、裏手から入るべきか。
結構大きな川だから、小舟が必要だ。
なんて考えていると、釣りをしている人が目に入った。
川沿いに小屋と小舟があるところを見ると、ここに住んでいるのだろうか。
不思議な格好だ。師匠の服に似ているから、ヒノモトの人?
同い年くらいかな……。あれ?刀をもっている?
「それって刀だよね?」
思わず声をかけてしまった。
振り向いた青年は、剣士とは思えない優しい顔つきだった。
「……そうだよ。君も剣士かい?」
釣竿を片付けながらこちらに向き直る。
「師匠がヒノモトの剣士なんだ。僕は弟子ってわけ」
「へえ、だから刀みたいな武器を持っているんだね。僕はここで船頭をしていて……ゴホッ」
彼は軽くせき込む。
「大丈夫?」
「……ああ、これは、病気じゃないんだ。ここに来てから病気は嘘みたいに良くなってさ。癖みたいなもんだよ」
「へ、へえ〜……」
これは触れない方がいいような……、と二の句を迷っていると彼は明るく応じる。
「ところで、君は旅の人だよね? 人を探しているんだけど、こんな人を知らないかい? 近藤さんって言うんだけど」
人相書きを見せてきたが、心当たりがない。それ以前に本人に会ったとしてもわからないくらい絵が下手だね。という言葉を飲み込んで言う。
「コンドーさんか。 うーん、見たことないな……」
「そっか。まぁ、ここに来ていると聞いたんだけどな」
どうやら大切な人らしい。
「あ、そうだ。稽古の相手になってよ。さっきから暇なんだ」
「本当に? 僕でいいのかい?」
「相手は強い方がいいでしょ、はい」
えへへ、強いだなんて、まいったな。……あれ? 手渡された木刀は随分太い。
彼はニコッと微笑むと木刀の先を合わせた。
木刀が太いから構えるのも一苦労だ。
「よし、始めよう」
いつのまにか稽古が始まる。
……おいおいおい。この人は素人なのか?
この体制では僕が一方的に打ち込める。
師匠が言うところの”剣先が勝っている”状態だ。
しかし相手は動かない。
ならば……
「てやっ!」
遠慮なく打ち込む。手加減はできないよ——
……ってあれ?
——消えた?
そう思うと同時に、僕の脇腹には木刀が突きつけられていた。
「はい、一本」
いたずらっぽく笑う彼を見て、少したじろぐ。
ま、まあ……、今のは、ちょっと油断しただけだ。
見たところ相手は僕と同じくらいの年齢だし、そんな簡単に負けられない。
ちょっとだけ、不意打ちっぽくなるけど……。
「へ、へぇー、素早い動きだね。びっくりしたよ。ははは……」
——いまだっ!
また避けられる。
「惜しかったね」
それからは随分打ち込んだが、全く歯が立たない。
打ち合うと見せかけていなされ、近づけば投げられる。
でもなんでだろう。 とっても楽しい!
僕たちはかなりの時間打ち合っていた。
息が上がっていく僕とは対照的に彼は涼しい顔だ。
何度転ばされただろうか。身体中が痛い。
落ち着け、また構え直して、師匠との修行を思い出すんだ。
——もう一度打ち込む!
「はっ!」
「お! いい感じ!」
また避けられた!
木刀を振り上げる度、腕が重く感じる!
何故彼はあんなに軽々と扱えるんだ。僕と体格も変わらないはずなのに。
相手はニヤリと笑う。
「今度はこっちから行くよ!」
……来る! 突きの構えだ!
払って——……。
「はい、一本。今日はここまでー」
足の力が抜けて片膝をついてしまった。
——動けなかった。
額と首と、胸。あの突きは間違いなく3回飛んできた。……でも、踏み込みは1回だったはず。
彼は軽く咳き込むと、またも明るく聞いてくる。
「そういえば君の名前はなんていうんだい?」
「はぁ、はぁ、……っ僕は、ロシュ」
彼は腰の刀の柄を撫でながら名乗った。
「僕は、沖田。……新撰組 壱番隊 隊長、沖田 総司」
隊長? ということは軍かギルドの人だろうか。
……今は聞いている余力はない。僕はなんとかお礼を言った。
「オキタさん。今日はありがとう」
「……いやいや、僕も楽しかった。明日もここでやろう。君はもうちょっと打ち合いの稽古をした方が良い。素振りは死ぬほどやっているみたいだしね」
見抜かれていたか、とぼくの顔に出たのか、彼はまたイタズラっぽく笑いながら背中で手を振って帰った。
圧倒的な差だ。稽古をつけられたのは僕の方だったというわけか……。
——
「……ということがあったんですよ」
夕食時、師匠に聞いてみる。
「ひと息で3度突く剣士か……」
師匠は2本の太い串を器用に使ってご飯を食べる。
”ハシ“というらしい。
「どうやったんだと思いますか」
「どうやったもクソもない。素早く3回突いたんだろう」
……ダメだ。この人の言葉は参考にならない。
「師匠はできますか」
「ふむ、俺様が3度も突かなきゃならん敵がいるとは思えんが……」
僕の方にハシを向けると
「まず初撃は額。これは相手の目線を遮るため、当てる気はないだろう、そして反射的に払いにきた刀を避け、体全体を使いながら首、最後に腕のをしならせ胸と突く」
「なるほど、で、どうすれば崩せますか?」
「簡単だ、その前に斬ればいい」
……やっぱり参考にならない。
次の日も、また次の日も、僕はオキタさんと稽古に励んだ。
同年代の人と修行なんて、村でもなかったから新鮮だ。
剣を交えると相手と心が通じてくる気がするのも不思議だ。
沖田さんの底知れぬ闘気と、少しの寂しさのようなものが伝わってくる。
彼は本当の剣士なんだ、そう実感させる。




