15 小石
997、998、999、1000っ!
膝から力が抜けて座り込む。
よし、今日の素振りはこれで終わり。
——来る!
僕は身を屈みけ木刀を避ける。
これは師匠だ。
「ほう、よく避けたな」
次は打ち込みの訓練ということか。
「どうした? 打ち込んで来い」
手が痺れて動けない。が、打ち込まなければ……
師匠は何も言わず、僕の刀を投げてよこす。
「差せ」
言われた通りだまって腰に差す。
向き直ると、いつのまにか師匠が近くにきていた。
木刀の切先が届くか届かないかの位置で僕に言う。
「お前の刀は鞘にしまってある。しかし、俺はもうお前を斬れる距離だ。さあどうする?」
呼吸が落ち着かない。構える暇がない。
右手を動かせばすぐに斬られる、しかし抜かなければ必ず斬られる。
——いまだっ!
バシン!
痛い! 刀を抜こうとしている僕の右手を、師匠の木刀が抑えている。
「抜くのがわかるぞ。わからんように抜け」
無茶言わないでくださいよ!
……よし、もう一度。
バシン!
また右手を叩かれる
「相手に抜くぞと教えてどうする。相手が気付かないように抜け」
「そんなことできませんよっ!」
「ド阿呆!」
あ……、拳だ。
——気が付いたら、僕は寝床で横になっていた。
最後に見た風景を思い出す。僕の顔と記憶に刻まれた拳の跡を嚙み締めた。
相手が気が付かないように抜け……か。
……
「なんじゃ、めずらしかの」
抜刀術と言えばハンジローさんだ。聞いてみることにした。
「すみません。師匠に”相手が気が付かないように抜刀しろ”と言われたんですが、どういう意味だと思いますか?」
「……? 相手にわからんように刀ん抜けちゅうことじゃろ」
ヒノモトの剣士はどこかおかしい。説明求む。
「それはどうやってやるんですか?」
「それは……、そうじゃの。刀ん貸してみせ」
僕の刀を渡す。実演してくれるみたいだ。
ハンジローさんは腰に差して無造作に立つ。
「こりゃ重いの。逆刃か」
ぼやくハンジローさんは目の前だ。
「いまからおまんを斬る。止めてみせい」
この距離で? それはいくらハンジローさんが剣の達人といっても止められるんじゃ……。
僕は手を前で構えて、動いたら刀の柄を抑える準備をした。
師匠が教えてくれた、人は体を動かす前に必ず「起こり」があると。
体が動く直前に、ほんのわずかにどこかが動く、それを——
ヒュン!
……え?
気づいたら脇のあたりに刃が当てられていた。
僕の意識をすり抜けたみたいだった。
「と、こげなん、相手ん悟られんように——」
「まって! 待ってください!」
お構いなしに続けるハンジローさんを制して言う。
「どうやったんですか? 魔法?」
「じゃっで、相手が気が付かんように抜くんじゃ」
「詳しく教えてください」
「詳しくちゅうてもな……。相手を見て、こう、体の芯から、グワーッという感じで抜くんじゃ、こう、ズビャっと!」
「……?」
「ちっとやってみやんせ 」
刀を渡される。同じように刀を差して向かい合う。
「いきます」
——いまだ!
「そうではなか」
あれ? 片手で刀の柄を抑えられている。
「刀は手で抜くもんじゃなか。身体で抜くもんじゃ。 まずは力ば抜け 」
力を抜く?
「だから、フワーっと、斬る気が無いように立って、グワーッ、ズビャ!じゃ」
いよいよ何を言っているんだこの人は。
「相手の隙を突くってことですか?」
「違うわ阿呆。そうじゃの……」
ハンジローさんは足元にあった、小石を拾うと、僕に持たせる。
「この石を取るから手を閉じてみろ」
そういうと、かなりの速さで小石を取りに来た。
言われるがままに閉じる
「これはわかるじゃろ。……ほい」
あれ? 石を取られた。
反応できなかった。来るのがわかるのに、防げない。
「どうして……」
「とる気がないと相手の体に思わせるんじゃ」
相手の体に思わせる? 速ければいいということでもないのか?
よく考えたら、僕は何故あの距離で師匠の拳を避けられなかったのか。
拳が飛んできたのは見えていたはず。
この修行に手掛かりがある気がする!
「もう一度お願いします!」
——
翌日、また同じように素振りを終える。
「半次郎に習ったようだな」
後ろから師匠の声。僕は用意していた自分の刀を腰に差す。
「ではやってみろ」
——前の修行と一緒だ。体の奥から速さを刀に伝える気持ちで。
「ロシュ。本当に切るつもりでこい」
「……はい」
ガキィン!
眉ひとつ動かさず、刀で防ぐ師匠。
「……昨日の今日でこれか」
抜くことはできたけど、防がれてしまった。やっぱりまだまだだ。
師匠もがっかりしているだろうか……。
「……今日はここまでだ」
「はい、ありがとうございます」
まだまだ半人前ということか。
そういえば、今日はやけに終わるのが早い。




