14 烏合の衆
陣地へ戻ると、ハンジローさんは地面に腰を下ろし、拳を震わせていた。
「……おいは、死んじょったんか」
その顔は苦渋に満ちている。サガラさんが静かに言った。
「頭部に外傷を負って死んだ人は前後の記憶が曖昧になるみたいです。もしかしたら、自分が日本人と気が付かずに過ごしている人もいるでしょうね」
「……あのあと、明治はどうなったんじゃ」
師匠が短く答える。
「士族と呼べる奴はいなくなった。大久保利通も斬られ、明治を作った連中は、もうほとんど生き残ってねぇ」
「……そうか、大久保どんも……」
ハンジローさんの目が伏せられる。
僕は意を決して会話に割り込んだ。
「師匠は覚えているんですか……その、自分が死んだ時のこと」
師匠は少し黙り、低く答えた。
「そうだな……」
——「入ります! 敵の武器を鹵獲しました」
長い筒を抱えた兵が駆け込んできた。サガラさんは駆け寄ると、意外そうに言った。
「これは……、マスケットだ……」
「マスケット!? 種子島ちことか? えらい古い銃じゃな」
しかしサガラさんが首を振る。
「いえ……この世界では、銃どころかまだ火薬も発明されていません」
「なんじゃと?」
サガラさんは言葉を重ねる。
「魔法があるから必要なかったのでしょう」
そのとき、扉が開いた。
「はいりますわ」
アマリアさんが入ってきた。サガラさんは即座に向き直り、深く頭を下げる。
「アマリア王女殿下。ご無事で何よりです」
アマリアは静かに微笑んだ。
「ありがとう。貴殿のご活躍も存じています」
僕は驚いて声を上げた。
「アマリアさん? 本当に王女様だったんですか」
アマリアは俯いて頷く。
「黙っていてごめんなさい。正体を明かすわけにはいかなかったの。それより、先ほどの話を詳しく聞かせてください」
サガラさんが前に出て、捕えられた筒を示す。
「この武器は”銃”と言って、我々の国では広く使われていた物です。矢よりも速く、鎧すら貫けます」
そんなものがあったら、剣ではまずかなわないじゃないか。アマリアさんも眉を寄せる。
「魔法で防御することは? 矢なら風の魔法でそらせることもできます」
サガラさんは冷静に答える。
「風の影響を受ける距離なら何とか可能ですが、至近距離では魔法で防ぐのは難しいと考えてください」
アマリアの顔が険しくなる。
「ならば、こちらでも同じものを作れませんか」
「残念ながら、主要な鉱山は占拠され、各地の薬屋と鍛冶屋は連行されました。あの村が狙われたのも硫黄のためでしょう」
「シシオはその銃とやらを作るために計画的に領地を広げていたのね……」
ハンジローさんが腕を振り上げた。
「なら簡単じゃ。まずは鉱山を取り返し、火薬を作る拠点をいただく!」
師匠が割って入った。
「相楽、こちらの兵の規模は?」
「……六千弱です」
ハンジローさんの顔が変わる。続けてサガラさんが低く言う。
「敵は、おそらく二十万から三十万」
その瞬間、場に重い空気が落ちた。素人の僕にもわかる。これは無理な勝負だ。
「……しかし、やるしかありません」
アマリアさんは一同を見渡し、毅然と言い切った。王女としてではなく、この場を預かる者としての声だった。
「ここは天然の要塞です。地形を活かして守りを固めつつ、東と西の都市を取り返します。それに――比古さんたちのおかげで、義勇軍も確実に増えています。……勝機は、あるはずです」
「ですが……」とサガラさんが眉をひそめる。「この戦力差は、あまりにも――」
「頭を斬ればよか」
迷いのない声でハンジローさんが言った。
「……は?」
思わずサガラさんが聞き返す。
「奴らは数だけは多か。じゃっどん、所詮は烏合の衆じゃ。束ねとる“頭”ん斬れば、簡単に崩れる」
「そんな単純な話ではありませんよ」
「時間が無か」
ハンジローさんは静かに言葉を重ねる。
「鉄砲を量産されれば、それこそ終いじゃ」
「……かなり危険な賭けになります」
「おいが行く」
「あなたは……無関係では?」
サガラさんの問いに、ハンジローさんは視線を伏せる。
「……志々雄が修羅になったんは、おいたちの責任もある」
それ以上は語らなかった。
サガラさんも、もう何も言えずに沈黙する。
「まずは鉱山の町に潜入して、頭ば調べる。そして……」
「——僕も行きます!」
気づけば、僕は一歩前に出ていた。
「連れていってください!」
「ロシュ」
師匠の声が即座に飛ぶ。
「たくさんの人が死ぬかもしれないんですよ? ……黙っていられません」
「お前では役に立たん」
「僕は父さんと一緒に、色々な街を回ってきました。地理には詳しい。潜入なら、僕がいたほうがいいです」
「……確かに」
サガラさんが頷く。
「それに! 師匠に鍛えられて、僕も戦力になるはずです!」
師匠はしばらく僕を見つめ、やがて小さく息を吐いた。
「……そこまで言うなら、試してやろう」
「……勝てば、行かせてくれるってことですか」
返事はなかった。ただ、師匠は踵を返し、外へ歩き出した。
僕も刀を持って後を追う。
陣の外、開けた場所に出ると、僕は刀を抜いて構える。
師匠は向かいに立ったまま、刀を抜かず、じっとこちらを見ていた。
「……来い」
その一言で、踏み出そうとする足を、恐怖からくる体中の震えが止めようとする。
怖い。逃げ出したい。
——でも。
(思い出せ。今までの修行を)
焦るな。力むな。
——打ち込む!
ガキィン!
いつの間にか抜刀していた師匠が、軽く受け止めていた。
(まだだ!)
着地と同時に体にひねりを加え、もう一撃!
「遅い」
刀は空を切る。
なら、その回転を利用して——
——ガキィン!
「軽い!」
次の瞬間、腹に鈍い衝撃。
「ぐはぁっ!」
師匠の鞘が腹にめり込み、僕は片膝をついた。
う、動けない。
「よく聞け、ロシュ」
師匠の声は低く、しかしはっきりしていた。
「確かにお前は強くなった。だが、死地に身を投じるには、まだ若すぎる」
「……もう、人が死ぬのは御免です。村で何人も殺された! ここで行かなかったら、僕が故郷を出た意味がない!」
沈黙。
「……まったく」
師匠は苦々しく笑った。
「お前も、バカ弟子だったか」
「師匠!」
「今度はついて行ってやるとしよう。しかし、これまで通り助けてやることは難しい。自分の身は自分で守ることだ。いいな」
「……ありがとうございます!」




