9 質問
次は宿屋の街を目指す。サガラさんによれば、その先の都市で飛天御剣流の話を聞いたそうな。
森の中を歩いて一時間ほどたったころだろうか、急に師匠が手を広げて僕たちを制した。
「……二人とも止まれ」
「どうしたんですか!? 師匠」
「やっと休憩ね」
「……出てこい、不意打ちは無駄だ」
師匠が呼びかけると、森の物陰から男が現れた。いつからいたんだ……!? 僕とアマリアさんは身構える。
「さすがだな、比古清十郎。この世界で尾行を気取られたのは初めてだ」
その男は目に布を巻いていたけど、まるで見えているかのようにこちらに歩いてくる。
ほかの国から来たのだろうか、見たことのない服装だ。
それよりも気になるのは、この、禍々しい雰囲気だ。
師匠も刀に手を置いて警戒している。
「誰だ」
「おっと失礼。俺は魚沼宇水、最強の武人の姿を拝めて光栄だ。……おお、その全身の筋肉の動き、隙がない。警戒心が強いな、さすがは飛天御剣流の継承者だ……」
「御託は良いからさっさとかかってこい」
師匠が構える。
「安心しろ、今日は挨拶だけだ。……そして、聞きたいことがある」
「宇水とやら、この俺様から逃げられると思うなよ」
「破軍の不二を覚えているか?」
「……? ふじ……?」
「そうか、ならば良い……。 はッ!」
その時、目の前が真っ白になった。これは、霧……!?
「マジチャーツァね。小癪なやつだわ」
「ロシュ、あのような格好のものはこの国にいるのか」
「見たことありません」
「ふむ……。あいつどこかで……」
「ねぇ、ハグンノフジってなんのこと?」
「……さあな」
――
森を抜け、山を越えると、次の大きな町への道の途中、鉱山のふもとに宿場町がある。ここはよくお父さんと泊まっていたところだ。
宿をとって荷物を下ろすと、師匠が言った。
「ロシュ、刀を持って外へ出ろ」
「え?」
「どうした? いやか?」
「いや、すぐ行きます!」
ついに来た……! 修行らしい修行をつけてもらえる日が! 僕は急いで外に出ると、先に歩く師匠を追った。
町外れの滝のそばで止まる師匠。ここは大滝という滝の名所だ。
「ほう、これはちょうど良い。……ロシュ、刀を抜いて構えてみろ」
これは構えの稽古に違いない!
はい、と返事をして構える。もちろん、師匠の見よう見まねだ。師匠は刃全体を確認するとまた言った。
「その刀は刃が反対についている。通常の刀より重いし、切ることはできない。いいとこなしの刀だ。しかしそれを使う以上、覚悟を決めろ」
「はい!」
「……よし、しまえ」
「は、はい」
構えの稽古じゃないみたいだ。
「次は刀を俺に」
なるほど、まずは刀なしでの修行か。言われた通りに渡す。
「じゃあ、この刀を取りに来い」
……取りに来い? どういうことだ?
と思っていると僕の体が宙に浮く。 師匠はいつの間にか僕を持ち上げていた。
「急げよ」
その言葉を最後に、師匠の姿が遠のく。
僕は滝に放り投げられていた。
「うわあぁぁ!!」
——どっパーン
滝つぼに叩きつけられ、僕は水面に向かってもがく。急いで陸へ上がった。
肩で息をしながら横たわる。……こうしてはいられない、刀をとりに行かないと!
僕は急いで崖を駆け上がる。歩いてなんていられない!
肩で息をしながら、僕はまた師匠のいる場所に戻ってきた。
「お、なかなか速かったな。ほら」
そう言って僕の刀を差し出す。……なんだ、体力を見ていたのか。そっと手を伸ばし、刀を取ろうとする。
「うわっ!」
思わず声が出た。訳もわからないまま、僕はまた真っ逆さまに滝へ落ちていた。
また同じように滝つぼを這い上がる。
なんだこれ! 何のためにこんな!
……いや、考えている暇はない。これは修行をつけるに値するかどうか試されているんだ!
また同じように山を登ると師匠は同じように刀を差しだし、取ろうとすると投げ飛ばされる。
急いで取ろうとしても、隙をついて取ろうとしても、そのたびに投げ飛ばされ、幾度となく滝へ落とされた。
何度落とされただろうか。僕の意識が遠のく寸前、師匠の声を聴いた。
「今日はここまで」
――
目を覚ます。
僕はなぜか宿屋の部屋で寝ていた。もう真夜中だ。
今日のことを思い返す。
なぜ取れないんだ。自分の手のひらを見つめながら自問する。
……よく思い出せ。僕が伸ばした手は刀に触れていない。しかし師匠が無理矢理掴んで投げているとも思えない。
……そうか、師匠は刀を返して避けている。伸びきったその手を師匠は掴んで、そのまま後ろへ投げ飛ばしているのか……。
ふと、窓の外を見ると、月明りに照らされた師匠が外で刀を構えていた。
師匠はゆっくりと確かめるように刀を振る。
構える、踏み込む、切る、戻る。
その動きはどれも無駄が無い。
そして次の瞬間——
――ヒュン
先ほどの動きを素早く行う。すごい音だ。その姿は僕の目に焼き付けられた。
そうか
師匠は少しも動いてないんだ。
——
次の日、また師匠が僕に言う。
「ロシュ、刀を持って外へ」
「はい!」
例の滝の前。僕は自ら師匠に刀を差しだした。
「お願いします」
「よし、……来い」
昨日と同じように刀を差しだす。
――構える、踏み込む、切る、戻る
僕は刀を掴む。奪うのではなく、掠め取るのでもなく。これは速さの勝負じゃない。
「はぁっ!」
僕の手には刀があった。
「……ほう、驚いた。合格だ、ロシュ」
やった! 師匠が認めてくれた! これで僕は弟子だ!
「では次に、素振り千本だ」
――……え?
「どうした? 早くしろ」
ああ、本気で言ってるんだ。
そのあとの記憶は曖昧だけど、気が付いたら宿の寝床にいた。
ヒノモトの剣士は人間じゃない……。




