第六章「それでもうちは専従捜査官ぞな(四)」
(四)
美柑、桔平、神楽、きういの四人は、京都・十時四十六分発のぞみ十七号で岡山駅まで一緒に向かうことになった。
十一時四十七分、定刻通り岡山駅に到着した。
ここで、神楽ときういは、十二時三十五分発・特急しおかぜ十一号 松山行きに乗り換える。
「何で病み上がりの俺が行かなあかんねん」
と、新幹線の中で、ずっと神楽にぼやいていた桔平が見当たらない。
慌てる美柑ときうい。
しかし神楽は桔平がどこに行ったのか、見当が付いているみたいだった。
はぐれないように新幹線中央改札口之前で待っていると、沢山の駅弁を抱えた桔平が戻ってきた。
「お前、黙って動いて迷子になったらどないすんねん」
きういが桔平を子供扱いしたのが、美柑にはうけた。
「ああ、この前ここで山際のおっさんやらと買うた弁当が旨くてな」
《愛媛に来たとき、駅弁を買いあさったって言うとったぞな》
と、美柑は思い出す。
が、桔平がデミカツ丼を手に持って何か悩んでいた。
「しゃあないなぁ。ほれ、きういにもやるわ」
と言って、デミカツ丼を袋の中に入れ直して、小さなお茶をきういに渡した。
《きうい姉ぇ、ここは弁当やないんかいってツッコミを入れるとこぞな》
しかし、美柑の期待に応えることもなく、きういは黙ってお茶を貰った。
「甘いで、きうい。ここは『何でやねん』ぐらいは欲しいとこやな。一応、関西人のマナーとして」
《うちの方が関西通じゃ》
と、わけもなく喜ぶ美柑だった。
「それ、安田さんにやられてましたね」
神楽が笑って、桔平に声をかけた。
実は、京都府警の脳筋の一角である安田次郎が愛媛に向かう際、岡山駅で桔平にやったギャグだった。
「そや。そやけど俺はきっちり『何でやねん』と、秒で返したった」
桔平はなぜか、したり顔できういに言った。
「ほら、香さんが迎えに来る時間です。私たちはこのまま八番のりばへ向かいます」
そう言って、神楽は手を振った。
「気ぃつけて行きや」
と、桔平も何事もなかったように両手に駅弁の紙袋を持って、新幹線改札を出て、香が待つ中央改札口の方へ向かった
「美柑ちゃん、こっちじゃ」
香が片手を上げる。
「香さん、待たせたぞなもし」
美柑が駆け寄ると、香は桔平を見て、少しだけ目を丸くした。
「病み上がりにしては、顔色ええなあ」
「どこがや。俺はいまにも倒れそうや。ほんでや、これ見てみ。旨い駅弁でも食うて……」
と桔平が、紙袋を見て何か考え事をした。
「桔平兄ぃ。どがいしたぞな」
「あんな美柑」
「なんぞな」
「俺、確か紙袋を四つ持っとったよな」
「うん。四つだったぞな」
「二つ置き忘れてしもた」
「え?神楽ちゃんが持っとったぞな。あげたんじゃないんけ」
『私たちはこのまま八番のりばへ……』
と神楽が言ったとき、さも当然のように彼女は紙袋を持っていったのを、桔平はきういに偉そうにしたばかりに見落としたのだった。
慌てて中央改札口の方を睨んだが、桔平はその場で立ちすくむしかなかった。
「美柑」
「はいぞな」
「俺が、そんな気前のいい男に見えるか?」
「んー? 見えんぞな」
美柑は元気に答えた。
香が、桔平と美柑のやりとりを見て、プッと吹き出した。
「あんなことに巻き込まれたいうのに、相変わらず面白い男じゃなあ、君は」
「そう思うか」
「うん。思っとるよ」
「ほなら、警察手帳ちらつかして、あいつらから駅弁を取り返してきてくれるか」
「それは職権乱用じゃけぇ却下」
桔平は、香に秒で返されてシュンとした。
香の車に乗り、美柑と桔平は岡山県警本部へ向かった。
捜査一課長の百聞への挨拶を済ませた後、三人はそのまま倉敷駅前のホテルへ向かった。香も、同じホテルにチェックインすることになっている。
それぞれ荷物を置いた後、香と美柑は桔平の部屋に集まった。
部屋に入ると、桔平は岡山駅で買った駅弁を三つも平らげていた。美柑と香の気配に気づくと、桔平は「やらへんで」と言って、えびめしの駅弁を頬張る。
《無理もないぞな》
美柑は苦笑いした。
それもそのはずである。岡山県警本部へ挨拶に行った折、桔平は百聞一課長が紙袋に目を留めたのを見て、きういにやったギャグを、もう一度笑顔でかまそうとした。
その瞬間、美柑が先に動いた。
「これ、岡山駅で買ったんですけど、よかったらどうぞ」
そう言って、美柑は紙袋ごと百聞へ渡してしまったのだった。
その時、美柑は、桔平の悲しげなオーラが背中に突き刺さるのを感じていた。
とりあえず美柑と香は、駅弁をむさぼり食っている桔平を無視して、行動予定の確認を行った。
「花吹雪」へは、事前に香が連絡を入れてくれていた。
ただ、弥生の都合がどうしてもつかず、会えるのは明日の十時ということになったと、香から聞かされた。
「児島誠司の葬儀はどうなったんや」
不意に桔平が、児島の件に話を向けた。
「一昨日に身内だけで執り行ったそうじゃ」
「あれから、神楽から聞いたんやけど、なんで児島が嫁にしばかれたんや」
『あんたなんかが、女を語るんじゃねぇわ』
美柑は、病院に聴取へ行った際に妻の恵美が児島誠司の頬を叩き、そう言い放った場面を思い出した。
「ああ、あれは児島誠司が――」
香は、少し間をおいて、
「確か、『そがぁなもん、俺のせいにすなや。あの女が勝手に来たんじゃろうが。あいつが松山におりゃあ、俺がこがぁな目に遭うこともなかったんじゃ。女は黙って男の言うことを聞いとりゃええんじゃ』って言うたんじゃ」
と、目を細めて、一つ一つ思い出しながら話した。
駅弁をむさぼりながら、その話を聞いていた桔平の箸が止まる。
「桔平兄ぃ、どがいしたんじゃ」
「世の中にそんな考えがあったやなんて……美柑」
「なんぞな」
「俺は今、無性に感動しとる」
涙を流さんばかりの桔平を見て、香は苦笑いするしかなかった。たとえ数日でも宇賀田家の実情に触れてしまえば、その反応の意味は分かる。
「けどな、女に手ぇをあげたらあかん」
桔平は、なぜかキリッとしてそう言った。
「……逆じゃ、桔平兄ぃ」
「何がや」
「児島誠司がしばいたんやのうて、恵美さんが児島をしばいたんじゃけぇ」
と、香がフォローした。
「ふーん。ほな、行こか」
駅弁を平らげた桔平が突然、まともなことを言った。
「え? どこにぞな」
美柑は、いきなりの真面目モードに戸惑う。
「どこって、その嫁さんを捕まえに行くんや」
「おもろそうじゃな。ほんなら、行ってみようか」
と、香も悪ふざけをするように言った。
「もう、二人とも無茶苦茶ぞなもし」
美柑が二人に言ったとき、道後温泉で神楽と一緒に湯船に浸かっていたとき、神楽が言った言葉が脳裏をよぎる。
『十回中九回は外れて振り回されます。でも、そのたった一回の彼の閃きが、事件の真相に届いていたことがいっぱいありました』
「神楽ちゃん、疲れんぞな」
と美柑が訊くと、神楽は静かに微笑んだ。
『疲れるなんて、一度もありません。彼は、そういう人です』
美柑はあのとき、そういうものかと思った。しかし、神楽が桔平の話をするときの顔は、恋する乙女の顔だった。
不思議に嫌な思いはしなかった。
神楽ちゃんなら、負けてもいい……。
不意にそう考えたが、美柑はすぐにその思考を取り消した。
「神楽ちゃんには絶対に負けんぞな」
美柑は純粋にそう思った。




