第六章「それでもうちは専従捜査官ぞな(三)」
(三)
翌朝、京都に滞在中の香のスマホに岡山県警本部から連絡があった。
「児島誠司が、事故で亡くなったそうじゃ」
宇多津亮の刺殺から始まり、椋梨慎吾は高波にさらわれて死亡した。そして今度は、交通事故とはいえ児島誠司まで命を落とした。
黒田啓輔を除く、凪沙に深く関わった男たちが、次々と死んでいく。
《これは……凪沙さんの意志なんぞな?》
美柑は、そう思わざるを得なかった。
そのため、香は急遽、岡山へ帰ることになった。
「桔平さんや、神楽さんによろしく伝えといてつかぁさい」
「うちもこの件を見届けたら、弥生さんたちに会いに行くけん」
美柑は、香を京都駅まで見送りに来ていた。
二人は固い握手を交わした。
「分かった。岡山で待っとるけぇ」
そう言って、香は新幹線の改札へと消えていった。
勝平の車で、病院にいる桔平のもとへ向かった美柑たちは、
「ものすごい回復力です。信じられません」
と、桔平のオカルト的回復力を、医師から伝えられた。
昨夕、美柑は香と初婆様に会いに行った。桔平についての話を聞きたかったからだ。
初婆様は美柑に初代様と奥方様にまつわる因縁の話をした。陰陽師でもあった初代の宇賀田桔之進は、安倍晴明最後の弟子ともいわれて、非常に優秀だったらしい。
ある時、桔之進は、琴の葉の怒りを買い、実に一週間にもわたる激しい闘いがあったという。
「おのれぇ、桔之進。これより以後、其方の子々孫々に至るまで、産まれてくる男の子に呪いをかけて進ぜよう」
初代奥方、六尾の妖狐・琴の葉は、悔しそうにそう言った。
「それならば、わしはその子らを守ってしんぜようぞ」
形代を口元で揺らしながら、桔之進は涼しげな表情で答えた。
そして、神社奥の洞窟に、琴の葉を封印したらしいと。
「何が原因で、琴の葉様は怒ったんぞな?」
「わしが伝え聞いた話じゃと……」
初婆様の目が異様に光った。
その目を見た美柑と香は、背筋に冷たい物が走る。
「――初代様が、村の娘に手を出したそうじゃ」
……ゴ~ン。
その時、隣の寺から五時を知らせる鐘の音が響き渡った。
《それ、初代様が悪いぞな》
美柑と香は互いの顔を見合わせて笑い出した。
桔之進と琴の葉との間に、女の子が一人いた。
名を、お晴という。
彼女には六尾が持つ「力」をすべて受け継いでいたという。この晴から今日に至るまで女系で、その力を受け継いできたのだそうだ。まれに、男の時代もあったが、縁戚の女性を娶ることで、その血を繋いでいったという。
美柑は、そんな宇賀田家の歴史を初めて知った。
桔平の病室に入ると、すでに神楽が来て「指定席」に座っていた。
神楽は、美柑を見ると、手招きをしてその席を譲る。
《神楽ちゃん。大好きぞな》
美柑は素直に喜んだ。
その言葉に甘えて、桔平の傍に行く。美柑の目には涙がこぼれ落ちた。
「桔平兄ぃ……」
本当なら抱きついて泣きたいところだが、さすがにそれは無理がある。
「ん? どがいしたんぞな……」
大きく目を開けて、呆然としている桔平を見て、美柑は神楽に聞いた。
「お姉様の血をもらったことに、ショックを受けているようです。それを知ってから、十分間、固まったままです」
と言い、神楽が笑った。
「それにしても凄い回復力だねぇ……ん?どうしたのかなぁ」
勝平も桔平の固まっている姿を見て、言葉を失う。
仕方がないので美柑は、昨日初婆様から聞いた話を全員に聞かせた。
「そうか。よぉわかったで」
話を聞き終わった桔平は、そう呟いた。
「俺がこう、立て続けに不幸な目ぇに遭うとるんは、すべて初代の爺の浮気が原因っちゅうわけやな」
《そこは、桔平兄ぃも文句を言えんぞな》
美柑は、クスッと笑う。
「美柑。お前は何もなかったか」
と桔平が、聞いてきた。
「うん。桔平兄ぃのお陰で助かったけん」
その時、桔平は「ん?」と言う顔をした。
「いや、助けた……。うんそうやな。結果としてはそうなるな」
そう言って、ぶつぶつ呟き始めた。
「どがいしたんじゃ?」
と美柑が訊いた。
桔平の話によると、洋子は美柑を狙っていたらしい。黒田の家に向かおうと振り向いた彼は、その瞬間、足をくじいて、洋子に覆いかぶさる形になったのだという。
その話を聞いた美柑の顔が青ざめた。
きういが、そんな美柑の肩をぽんと軽く叩いて、桔平の肩に腕を回して言った。
「まあ、お前にしては上出来や。ようやったって褒めたるわ」
「はあ?何言うてんねん。そのせいで俺は死にかけとんねんど」
きういの言葉に桔平が、目を剝いて抗議をした。
「それにや。あの凶暴な女の血が、繊細でキュートな俺の血と混ざってしもたんや。どないすんねん、今日から俺が超潔癖症の暴力男になってしもたら」
「あんな。あんたの小さい命と、美柑の可愛い命。天秤にかけられると思っとるん?」
「そうだわ。あんたの命ひとつじゃ全然足りないわ」
柑奈まで口を挟んできた。
「伊予柑、黙れ」
桔平の一言に柑奈がピキる。
「ああ? 誰に向かって物言いよるんぞな、こら」
柑奈の「素」の伊予弁が飛び出した。
「あ? お前な、小さい頃、明菜と一緒に蛇を捕まえて俺を追っかけ回したことや、神社の神聖な木に、女のくせにいきなりパンツ脱いで、男みたいに立ちしょんしとったことを、勝平さんに黙っとるんやぞ。少しは感謝せえよ」
《桔平兄ぃ。完全にばらしとるぞな》
これには、柑奈は顔を赤くして黙り込んだ。
しかし、すぐに立ち直って桔平の頭をペチンとはたいた。
「なあ、桔平。あとで、きっちり話つけよかい」
その冷たく刺すような目に、桔平は蛇に睨まれた蛙のように固まった。
その話を聞いていた勝平も、どうやって突っ込めばいいか悩んだ。
普段は何事にも冷静に立ち振る舞う柑奈も、桔平にだけは「地」が出てしまう。
美柑には、桔平がそこにいるだけで、昨日までの重苦しい空気がまるで別世界のものに思えた。
「でもよかった。本当に日常が戻ってきた気がします」
という、神楽の目には涙が溜まっていた――。
だが、そんなきれい事で終わるはずはない。
本当に京都府警の日常が戻ってきたのだ。
山際万作と国松鑑識課長が、揃って「水」と称するものを持ち込み、神楽に怒られた。
また、桔平の意識が戻ったという知らせを聞いた京都府警の脳筋たちが、代わる代わる病室へやってきた。
普段から声が大きい男達である。気をつかって話をしていても、看護師長が「うるさいので、静かにしてください」と怒鳴り込んできた。
《でもみんな、嬉しそうじゃ》
美柑は、そんな連中を見て、嬉しくて仕方がなかった。
それから一週間が過ぎ、桔平は無事に退院した。
警察は、黒田啓輔の自供により、宇多津亮に対する殺人容疑および犯人隠避の容疑で、黒田を送致した。また、妻の洋子も、宇多津亮と桔平に対する殺人未遂容疑で送致され、事件は一応の解決を見ることになる。
勝平と柑奈は、凪沙の件を事故死とみて報告するため、愛媛へ戻っていった。
きういは……。
「私は神楽様と共に生きていきます」
と駄々をこねて、京都に残ろうとした。
山際の計らいで、神楽はきういを松山へ送るかたわら、愛媛県警本部へ挨拶に行くことになった。
桔平は、病み上がりということでしばらく休暇……など、させてもらえるわけもなく、美柑に同行することになった。




