第四章「うちは子供じゃないぞな!(四)」
(四)
岡山県警本部に戻った美柑、桔平、神楽、柑奈、香の五人は、会議室を借りて話をした。
「凪沙さんの、高校時代の同級生の話が聞けるのはありがたいことです」
神楽が、当時の資料にない証言に価値を見ているようだった。
しかし柑奈が調べた時にはすでに、高校三年の時の担任は、亡くなっていた。
三年前の七月十五日――。
享年七十五歳。病死だった。
誰にも看取られない孤独死だったそうだ。
桔平を除く誰もが同じことを考えた。特に美柑はその日付に引っかかった。
「凪沙さんが亡くなった日と……同じ日ぞな」
「……偶然や」
桔平が言い切った。
「何でもオカルトに持っていったらあかんのや」
美柑は山口で、椋梨慎吾が溺死した際に聞き込みに行った、釣り餌屋の防犯ビデオの録画を、思い出した。
「そうじゃ。桔平兄ぃに、見てもらいたいもんがあるけん」
「拒否します」
桔平はあっさり断った。
「何でぞな」
「数秒前を思い出せ。その流れで何を見せられるか、すぐ分かるやろ」
その時に一緒に行った香は、何のことか理解した。
「ちょうどええじゃろ。桔平さんらにも見てもろうたらええが」
と、はやし立てた。
「もお、ええっちゅうねん」
桔平の幽霊嫌いを、みんな知っていることに、桔平「だけ」は気づいていない。
「何なの?美柑。見せなさい」
柑奈が、美柑を促す。
「こら、柑奈いらんことを妹に言うな」
「はあ?誰に向かって言いよんの」
普段、あまりキレない柑奈も、桔平にだけは直ぐにキレる。
「おやおや、相変わらず仲がいいことですねぇ。羨ましい」
と、別室で岡山県警との調整をしていた勝平が、会議室に顔を出した。
「美柑ちゃん、まずは僕に見せてください」
《何で、いなかっぺが最初なんじゃ?》
と、一瞬脳裏をよぎったが、もう二十四歳である。
いつまでも、子供みたいにできない。
美柑は、引きつった笑顔で、勝平にスマホを渡す。
「なるほど。分かりました」
珍しく勝平が苦い顔をした。それを見て柑奈が、
「勝平どうだった?」
と訊いた。
「いやぁ。ここは皆さんに見てもらって、最後に感想を言うってのはどうでしょう」
と言ったので、全員が順番に見ていった。
《やっぱり、いなかっぺじゃ。これはゲームやないぞなもし》
と美柑は思った。
本音は、山口で一人しか見えなくて、香や晋子に引かれたので桔平に、
「うん、ちゃんと女性が横におるでぇ~」
と、言って欲しかったのだ。恋する乙女の心は難しい。
ただ、桔平や勝平のような人間に、恋する乙女の遠回しな願いを察しろという方が難しい。
あの二人は、見えたものを見えたと言い、悪いものを悪いと言う。
そういう、面倒なくらい真っ直ぐな人間だった。
そこに美柑は気づいていない。
「みんな、一人ずつ話してくださいねぇ」
と、勝平が言う。
ここで意見が分かれた。桔平と美柑以外は、全員が「椋梨慎吾一人」と答えた。
美柑は、山口で見たものと同じだったが、桔平は、
「ごめんやけど、お祓いできる神社ってある?」
と、言い出す始末である。
「いや、見てへんで。何も」
と誤魔化してはいるが、明らかに様子がおかしい。
ただ、桔平が自分と同じものを感じたのだと分かったことが、嬉しかった。
「それじゃあ、明日愛媛に戻られますか」
という香の目が寂しそうだったので、美柑が、
「香さんも一緒に行くぞなもし」
と、誘った。
「それは妙案ですねぇ。うちの義妹がお世話になったお礼もしたいですしねぇ」
勝平が、柑奈を見て言った。
「それはそうね。香さん、一度百聞課長に聞いてみてはどうですか」
と、背中を押した。
「そうじゃ。愛媛には、みかんと道後以外にもええもんがあるって証明できるぞな」
美柑が、山口で晋子と香と三人で地元下げ大会をやったことを持ち出して言った。
六月十一日、午後一時十分。
一行の車は、玉島ICから西へ進み、西瀬戸尾道ICからしまなみ海道を今治へ向かって南下していた。道中、桔平が助手席に座り、女たちは、後ろのシートを対面にして楽しく尽きない話で盛り上がっていた。
運転手の勝平が、
「桔平君。こういう時、男って女性の和に入れず淋しいですねぇ」
「いや。あの和ぁに入ったら最後、来島海峡の潮みたいに巻き込まれて、男の尊厳を失ってまいますよ」
桔平が、絶景を眺めながら言う。
「男の尊厳かぁ。君ぃ相変わらず面白いこと言うねぇ」
途中、休憩のために、瀬戸田PAに停まった。車から降りると、六月にしては珍しく、からっとした日射しが降り注いでいる。時折吹く風が、潮の香りを運んできた。
このパーキングエリアは、尾道から今治へ向かう下り側、レモンの島・生口島にある。 柵に向かうと右側に、多々羅大橋の白い斜張橋を間近に望める。
瀬戸内の絶景を楽しめるスポットとして賑わっていると、勝平が得意げに、香や神楽に説明していた。
しかし女たちは、勝平の観光案内に誰も耳を貸す者はなく、自動販売機へと向かった。
勝平の心の中は、六月なのに二月のような寒風が吹いていた。
美柑は、桔平と勝平のコーヒーを持ちながら、桔平の姿を目で追った。
彼は一人で景色を眺めていた。その背中と岩城島や伯方島の島影が、海の向こうに重なって見えた。その横に、見覚えのある、柄の悪い背中があった。
「柑奈姉ぇ。あれ」
と、指でその男を指さした。
柑奈は美柑が指をさす方を見て、目を見開いた。
「瀬戸内の海はなかなかじゃけぇの」
普通に歩いているだけで、職質されそうなガタイの男は、広島弁で桔平に話しかけた。
「そうでんな、海はええ。汚れた身体を潮風が祓ってくれる」
桔平は、美柑の動画を見てから、まだお祓いが出来ていないことを気にしているのかそういう返事をした。
「こんなぁ、関西の人かのう……」
桔平の顔を見た男が言葉に詰まった。
「お父ちゃん!何しよるんぞな」
背後から、美柑が男に声をかけた。
浦波権蔵。生粋の伊予人でありながら、幼い頃に見た『仁義なき戦い』の影響で、なぜか広島弁を話すようになった美柑の父である。仕事は漁師だが、知人の運送会社を手伝ってたまに、大型トラックで各地を走っている。
「権蔵叔父さん。久しぶりです」
神楽が、ゴンザレスに挨拶をした。
「おお、神楽ちゃん。久しぶりじゃのぉ。元気にしとったか」
美柑たち三姉妹の母親・華蓮の祖父は宇賀田家の出だった。
つまり浦波三姉妹にも、宇賀田家の血を引いている。その縁で、浦波家は毎年、宇賀田神社の祭りに顔を出していた。
当然桔平に張り付いていた神楽とも、幼い頃よりの付き合いがあった。
「はい。お陰様で元気にしてます」
「そうか。相変わらずの別嬪さんやのぉ。きういと美柑も気張らにゃあいかんぞ」
権蔵の言葉に美柑は顔が赤くなり焦った。
《ちっ。ゴンザレスめ、いきなり何を言いよるんぞな》
「お父ちゃん。セクハラぞなもし」
と、権蔵の服を引っ張って抗議した。
そして、ちらっと桔平の顔を見た。
桔平は、涼しい顔をしている。
《桔平兄ぃ、お父ちゃんの鬼瓦みたいな顔を見て、祓われた気になっとるぞな》
と、勝手に桔平の心の中を想像した。
「お義父さん。長距離の仕事、お疲れ様です」
勝平が権蔵に挨拶をして、香を紹介した。
「おお、きかん気の強い娘らじゃけど、よろしゅう頼むけぇ」
権蔵が香の手を握りながら言った。
「こちらこそ、お目にかかれて光栄です。よろしゅうお願いします」
と、香も笑顔で挨拶をする。
「こら。セクハラぞな。何度言わすんじゃ」
美柑と柑奈はあきれてものが言えなくなる。
ほんの少しの休憩のはずが、三姉妹の父、浦波権蔵ことゴンザレスの登場で、騒がしいものとなった。




