第四章「うちは子供じゃないぞな!(二)」
(二)
意識が回復した児島誠司に事情を聞きたいと、香が、誠司の妻・恵美に連絡を入れた所、
「私も誠司に言いたいことがあるので、明日の十時にしてほしい」
と言われたので、聴取は一日延ばすことにした。
早く京都に行きたかった美柑は拗ねた。
一方で桔平も神楽は、もう一日倉敷でゆっくりできると、どこか嬉しそうだった。
また連日、県警本部で任意の事情聴取を受けていた、上松吾郎が、児島誠司が意識を取り戻したと聞いて観念したのか、少しずつ犯行を供述し出したとの一報も、香から聞かされた。
「個室会席 福の助」の予約時間は午後七時なので、それまで桔平の部屋に集合して、明日の打ち合わせを始めた。
柑奈と神楽は、四角いテーブルをベッドの前まで動かした。椅子は三つ。神楽はテーブルを挟んで、桔平の真正面に腰を下ろした。柑奈と美柑は、テーブルの左右の椅子に座る。桔平はベッドの端に座らされ、その横には香が腰掛けた。
結果、桔平は真正面を神楽に押さえられ、テーブルの左右を柑奈と美柑に固められ、横には香がいるという、ほとんど取り調べを受ける人間の配置になった。
「何で、いちいち俺の部屋に集まんねん。めっちゃ迷惑なんやけど」
と桔平が、ぶつぶつ文句を言う。
「女の部屋はいろいろあって難しいからよ」
と、柑奈がさも当たり前のように言った。
「まあ、それもありますが、桔平ちゃん、誰かの部屋に入りたい理由がありますか?」
と言いながら、神楽が「警部」の警察手帳を開く。
「……いえ、ありません」
桔平が項垂れた。
「まず、「花吹雪」の笠岡弥生さんの録音を聞かせてください」
と、右手を出して、神楽は言った。
「まあ、そういうことじゃけぇな」
香が、桔平の肩を叩いて慰めた。
《伊予柑はいなかっぺと夫婦じゃけん、ひとまず対象外ぞな。神楽姉ぇは桔平兄ぃ命じゃけん。……香さんも怪しいぞなもし……》
美柑は、頭の中で、桔平を取り巻くライバルの多さに、勝手に落ち込んだ。
「なるほど、弥生さんの気持ちが手に取るように分かりました」
録音を聞いて、神楽が深いため息をついた。
「そうなんじゃ。弥生さんの凪沙さんに対する思いが伝わってくるけん、心が痛くなってくるぞな」
美柑は、正直な気持ちを吐露した。
「そやろ。だから録音してなかった事にしてたんや。何でも正直に言えばええっちゅう事やない」
胸を張って、「正論を言うたったぁ」という顔をしている桔平に、
「いや、録っとったんかい。そういうややこしい嘘、つかんといて」
と、柑奈に伊予弁で突っ込まれて、桔平がシュンとなった。
《そうぞな。嘘はいかんぞな》
柑奈の意見に美柑は素直に頷く。
「まあ、そういうことじゃな。録っとったんに、録ってねぇ顔しとったっちゅう、でぇれぇ面倒な話じゃ」
香も、柑奈に続いた。
「なあ、美柑。何で録音してたって分かったんや」
「……か、勘じゃけん」
桔平に突然話を振られて、美柑は動揺して目が泳いだ。
「ほうじゃ。女の勘はでぇれぇ怖いんじゃ」
と香が、また桔平の肩を叩いてビビらせた。桔平は、目をそらして苦笑いを浮かべながら頷いている。
《香さん。桔平兄ぃ距離が近すぎるぞな》
本当は、自分が香の位置にいたい。本当は、自分が香の位置にいたい。けれど、《捜査中にそがいなことを考えよる場合ではないぞな》と、美柑は手帳をぎゅっと握った。
柑奈は、美柑の赤い頬を見て何かを察し、何も言わずに捜査の話へ戻した。
「黒田啓輔のことなんだけど、二十五年前の調べでは、京都の黒田と香川の凪沙が出会ったきっかけが分からなかったの」
柑奈が資料をめくりながら、二十五年前の調書に視線を落とす。
当時の黒田は、凪沙と知り合ったのは事件の二年前、平成十一年頃だと話していた。
知人の紹介で、生命保険の受取人変更手続きについて相談を受けたという。
それがきっかけだった――黒田は、その一点張りだった、と資料に残されている。
「当時、凪沙さんは宇多津亮と一緒に暮らしとったはずじゃけぇ、確かに京都と香川じゃ接点がなさすぎるじゃろ」
香は、桔平の肩に置いていた手を離した。
「そこが引っかかるんじゃ」
「そう、結局何も分からずじまいだったと、調書に記載されてる」
「神楽ちゃん。黒田啓輔と会ったんでしょ?」
柑奈が桔平のスマホを手に取り、ポチポチやりながら神楽に問いかけた。
「こら。俺のスマホを、なに勝手に触ってんねん」
神楽が答える前に、桔平が文句を言った。
「他に疑わしいことがないか調べてあげよるの」
柑奈が桔平を睨む。
「はい、一度話をしました」
「どんな感じだった?」
「落ち着いていて、弁護士として隙がない。こちらが聞いたこと以上は話さない人でした」 続けて神楽は、
「年齢を感じられないぐらい若く見えました。ただ、別件の聴取だったので、二十五年前の出会いについては聞いていません」
「なるほど……ん?」
桔平のスマホを見ていた柑奈が不審な表情をした。
「何なん、これ」
と言って、柑奈は桔平の顔にスマホを突き出した。
『初めまして、ミサです』
と、怪しげなメッセージがあった。
「ちょ……調査や……」
「何の」
柑奈が詰め寄る。
「さ……最近、婚活アプリで結婚詐欺やらかす事件が多いやろ。それの……」
言葉に詰まる桔平に神楽がかぶせる。
「いえ、そんな話は聞いていません。それに詐欺案件は二課です」
《え。桔平兄ぃ、浮気しよんの?》
美柑は不安に駆られた。
「ふーん。そうなんだ」
と言って、柑奈は桔平のスマホの画面を皆に見えるように、テーブルの上に置いてその続きを読んだ。
『こちらこそ、よろしく。ミサさんは仕事は何をしてんの?』
途中で関西弁になっている。
『関西弁大好きです。仕事は事務関係です』
『そうなんや』
『桔平さんは、公務員ってありましたが、どんなお仕事されてるんですか?』
『公務員です』
『それは自己紹介に書いてありました。おもしろい人ですね』
ミサは続けて、
『もしかして警察?』
『いえ、市役所です』
《桔平兄ぃ。嘘はいかんぞな》
美柑は、心の中で呟いた。しかし、胸の鼓動が速くなる。
「つまり、勤務外で女漁りしてたってこと?」
柑奈は、桔平を睨んだ。
「黙秘します」
桔平が、惚けて顔を背けた。間が悪いことに香と目が合う。
「山口県警の高杉晋子さんがこの話聞いたら、でぇれぇ面白い顔しそうじゃな」
と、香が笑いながら、桔平の肩を叩いた。
ただ、桔平は晋子の好意には、まったく気づいていない。
ただ一度、山口県警の高杉から事情を聞かれただけだった。あのときの返信が三人に笑われていたことなど、知る由もない。
《出会い?……メッセージ……メール……》
美柑が、ふと何かに気がついた。
「神楽姉ぇ、出会い系サイト……の線はないぞな?」
「はい。私も今、その線を考えていました」
神楽も同じことを考えたようだ。
そして、凪沙の資料をもう一度見直した。
そして、美柑は凪沙の資料をもう一度見直した。
瀬戸凪沙は、平成四年(一九九二年)の五月頃、宇多津亮と一緒に香川県高松市のマンションへ移り住んでいる。
当時の住人への聞き取りで、平成八年頃から宇多津亮の怒鳴る声や凪沙の悲鳴が聞こえていたという。近所の通報で警察の介入が何度かあったと、高松北署に記録も残っていた。
ただ当時、宇多津亮は「痴話喧嘩じゃ」と言い切った。警察は凪沙に「被害届」を勧めたが、「大丈夫です」と凪沙は言ったので、男女間のトラブルとして処理をした。
「ここ、黒田啓輔は二年前に知り合ったと言っとるぞな」
美柑が黒田の証言の部分を指でなぞった。
「事件の二年前じゃと、平成十一年(一九九九年)……確か、携帯でネットが使えるようになった頃じゃなかったか」
香が思い出すように話した。
「その前後に出会い系サイトが広がったらしいから、時期としては合うわ」
柑奈が、腕を組んで口に指を当てながら言う。
《桔平兄ぃ、すごいぞな。なんぞ見えんもんが付いとるぞなもし》
美柑の桔平を見る目が乙女になった。
「では、京都に着き次第、黒田啓輔にそのことをぶつけてみましょう」
神楽が、京都での方針をまとめる。
ただ桔平は、目を開けて寝ることで、自身に降りかかる火の粉を避けようとした。




