表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
専従捜査官-令和の坊ちゃん編-  作者: 北島 将


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

20/45

第三章「死んだ女が、海から呼びよる(七)」

七)

 青海島へ入った美柑達の捜査車両は、静ヶ浦側の駐車場に停まった。

 本部から連絡を受けてから、ここまで二時間近く経っていたが、現場はまだ終わっていなかった。

 すでに長門署の車両が数台入り、海岸へ下りる道の手前には規制線が張られている。

 晋子は車を降りるなり、現場責任者らしい刑事のもとへ向かった。

「高杉です。状況、聞かせてもらえるかね」

 美柑と香も、警察手帳を手にその後へ続いた。

「遺体はもう引き上げちょるんか」

「はい。もう救急車で搬送しちょります」

「所持品はどこに残っちょったん」

「椋梨慎吾が釣りをしちょったと見られる、大平場付近の磯です。クーラーボックス、釣り竿、餌箱が、そのまま残っちょりました。すでに別の捜査員が、現場確認に向かっちょります」

「釣り場と発見場所、距離はどれくらいあるんかね」

「直線で見りゃあ、そう離れちょりません。ただ、海岸沿いに歩いて行ける場所じゃありません。潮と風の向き次第では、遺体がこっちへ流されても不自然じゃない、いう見立てです」

 遺体はすでに引き上げられていたが、身元確認と現場状況の確認は続いていた。

 香は岡山県警なので、少し引いた位置で状況を整理した。

「遺体発見場所と釣り場は別じゃな。流された経路は、潮と風を確認せんとおえん」

 美柑は目の前に広がる日本海を見ながら思った。

《事故ぞな。事件性はない。分かっとる》

 ここに向かう間も、美柑はずっと、それが凪沙の意思のような気がしてならなかった。

《そういえば、長門屋の大浴場に狐の絵が描いてあったぞな》

湯けむりの向こうで、こちらを見ていた狐。

 あの時はただの意匠だと思った。

 けれど今は、その目までが、何かを知っていたように思えてしまう。

 美柑は嫌な考えを振り払うように頭をブルブルと振った。

 その様子を見ていた香が、ふいに口を開く。

「美柑ちゃん。人の魂いうんは、死んだらどこへ行く思う?」

「もう。香さんって、けっこう意地悪ぞなもし」

 美柑は、せっかく振り払った不安を引き戻されて、少し拗ねた。


 椋梨慎吾が最後に釣りをしていた場所は、青海島北岸、大平場付近の磯と特定された。

 磯にはクーラーボックス、釣り竿、折りたたみ椅子、餌箱などが残されたままだった。

 その後、近くを通りかかった漁船から「人のようなものが浮いている」と通報があり、長門署と海上保安部の職員が現場へ向かった。

 発見された遺体は、磯に残されていた所持品や、本人の着衣、免許証などから、行方が分からなくなっていた椋梨慎吾と確認された。

 釣り餌屋のレシートの日付は四日前の六月四日になっていた。

 四日前の当時、周辺海域の波の高さは一メートル前後だったという。

 数字だけを見れば、荒天とまでは言えない。

 だが、岩場では話が違う。

 沖から入ったうねりが磯にぶつかれば、足元を洗う波は一気に強くなる。

 警察は、椋梨慎吾が釣りの最中、濡れた岩場で足を滑らせ、波にさらわれた可能性が高いとみていた。

 事件性を示す痕跡は、今のところ見つかっていない。

「うちらは、釣り餌屋に聞き込みへ向かうっちゃ」

 現場へ着いてからバタバタと走り回っていた晋子が帰ってきて、美柑と香に言った。

「釣り餌屋ぞな?」

「鞄の中に入っちょった財布から、四日前にその店で餌を買うたレシートが見つかったんよ」

「なるほど。ほんなら急がんとおえんな」

 と、香が頷く。

「あ、それと美柑ちゃん」

 晋子は、透明な証拠品袋に入った一枚の古びた写真を、美柑に見せた。

「財布の中に、これも入っちょった」

 美柑は、袋越しに写真を見た。

 そこに写っていたのは、仲居姿の凪沙だった。

 長門屋時代の写真だろう。

 凪沙は、白い割烹着のような仲居姿で、少し照れたように笑っている。

 家宅捜索で見つかった写真と同じ顔だった。

 結婚後の、笑わなくなった凪沙ではない。

 まだ、笑えていた頃の凪沙だった。

《椋梨慎吾は……この凪沙さんを、最後まで持っとったんぞな》

 長門屋の女将が言っていた「愛らしい」と言う凪沙の写真を見ていた。

「ほら、美柑ちゃん。急ぐっちゃ」

 晋子に声をかけられ、美柑はようやく顔を上げた。

 釣り餌屋「釣り升」は、現場から車で五分ほどの場所にあった。

 夕方ということもあり、店はすでに閉まっていた。

 だが隣の自宅にいた店主に事情を話すと、四日前の防犯カメラ映像を確認させてもらえることになった。

 小さな事務所のモニターに、六月四日の映像が映し出される。

 画面の中で、椋梨慎吾は仕掛け売り場の前に立っていた。

 帽子をかぶり、少し背中を丸めて、釣り針の袋を選んでいる。

 その隣に、女がいた。

「女性と一緒ぞな」

 美柑は、思わず画面を指差した。

 だが、晋子と香は同時に眉をひそめた。

「……美柑ちゃん?」

「どこにおるん?」

 香の声が、少し硬くなる。

「ここぞな。椋梨慎吾の隣に……」

 美柑はもう一度、画面を見る。

 女は確かにそこにいた。

 白っぽい服を着て、椋梨慎吾のすぐ横に立っている。

 顔ははっきりとは見えていない。

 晋子が無言で映像を巻き戻した。

 もう一度、同じ場面が映る。

 椋梨慎吾が、仕掛け売り場の前に立っている。

 けれど、晋子と香の目には、そこにいるのは椋梨慎吾ひとりだけだった。

「ちょっと、美柑ちゃん。さっきはごめんて」

 香が、困ったように言った。

「驚かせるつもりはなかったんじゃ。魂がどうとか、変な話したけぇ……」

 美柑は、意味が分からず香を見た。

「なんで謝るぞな?」

 香の顔から、笑みが消える。

 晋子も、モニターから目を離さなかった。

 画面の中で、椋梨慎吾はただ一人、釣り道具を選んでいる。

 美柑にだけ、女が見えていた。

「美柑ちゃん。映像には、椋梨慎吾しか映っちょらん」

 香も最初は、美柑が怖がっているだけだと思う。

 でも、美柑の顔色が本当に悪い。

「……お嬢さん、見えたんかね」

 店主が、低い声で言った。

 三人が振り向く。

「ここらの海で死んだ人間は、たまに、連れて行く相手を探す言いますけぇ」

 と、ぽつりと言った。

 三人は、その店主の話し方に恐怖を覚えた。


 釣り餌屋をでた三人は、その後長門署へよって、詳細な資料を確認した。

 長門屋へ帰ってきたのは、午後六時になっていた。

 三人は、旅館に着くや否や、大浴場で身を清めた。ただ、美柑だけは、壁に描かれた「白狐」に背を向けていた。

「美柑ちゃん。気になるんなら、どっかでお祓いしてもろうてもええんじゃない?」

 一息ついて、香がタオルを頭に乗せて美柑に言う。

「うちは刑事ぞな。そがいなことで怖がっとるわけやないぞな」

 美柑は反発するが、手は震えている。

《……これ、ほんまに宇賀田神社へ行って、初婆様にお祓い頼まないかんやつぞな?》

 と、真剣に悩んだ。

「ところで、二人は明日帰るんじゃろ?」

 人が三人しかいないので、晋子は思いっきり足を伸ばして、美柑と香に訊いた。

「そうじゃ。児島誠司の意識が戻ったけぇな」

「新幹線は何時なんかね」

「十時十一分発の『のぞみ十八号・東京行き』ぞな」

 まるでクイズに答えるかのように、美柑が元気に言った。

「ほんなら、朝はわりとゆっくりできそうじゃね」

 手で呑みに行こうと合図を送る。

 ――今夜、もう一軒行かん?

 そう言っているのが、美柑にも香にもすぐ分かった。

「お世話になっとるけぇ、本部の桂警視にも挨拶してから行かんとおえんじゃろ。まあ、普通じゃな」

 香はそう答えながら、目だけで晋子に返した。

 ――ええよ。

 そして、この夜。

 三人は湯田温泉の焼き鳥屋へ流れ、美柑の伊予弁、香の岡山弁、晋子の山口弁が、ついに遠慮なく爆発することになる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ