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専従捜査官-令和の坊ちゃん編-  作者: 北島 将


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第三章「死んだ女が、海から呼びよる(一)」

(一)

「めっちゃ、腹減ったな」

 と、倉敷駅に向かいながら桔平が言った。

「うちも減ったぞな」

 と、美柑も桔平の後ろを歩いて続いた。

「桔平兄ぃ、今日も朝起きてこんかったけんね」

「いや、起きて瞑想の域に入っとった」

「嘘はいかんぞな」

「嘘やない。めっちゃ腹が空いとるのは、ほんまや」

 どうやら本当にお腹がすいているらしい。

 やがて二人は、「中華そば 又二」の暖簾の前に立った。

「そう言えば、最近ラーメン食ってへんなぁ」

「夜は魚とお肉がメインだったぞなもし」

 二人に、言葉はいらなかった。

 次の瞬間、同時に暖簾をくぐっていた。

「中華そば 又二」は、倉敷駅南口側、鶴形商店街にある老舗中華そば店で、創業は昭和四十一年で、今年で六十年の歴史があるという。倉敷駅前に本店があり、そちらは鶏ガラのあっさりスープで、美柑達が入ったのは、二号店で、豚骨をベースにした濃いスープが人気の店である。

「うわあ、旨そうぞな」

 美柑は手を合わせて箸を割った。

 目の前のラーメンのスープは噂通り濃い色をしていた。上に乗っている具材は豚バラを醤油で煮込んだチャーシューともやし、ネギ、かまぼこが乗っている。

 箸で麺をすくって食べようとしたとき、桔平が美柑の肩を叩いて、

「あんな、美柑。ラーメン食うときのルールはな、まず汁からいかなあかんねん」

 そう言って、桔平はやけに得意げな顔でレンゲを取った。

 スープの匂いを嗅いでから、ひと口すする。

 そして、

「んー、旨い」

 とでも言いたげな顔で、ゆっくり頷いた。

「ええか。この頷くまでがセットや」

 こんなうんちくを並べられては、聞いてる方も疲れるのが普通だが、恋する乙女の耳にはクラシックでも流れているかのように心地よかった。

 美柑は顔を上げて店の周囲を見回した。

 店の壁には「創業六十周年」と書かれたポスターが貼ってあった。

「桔平兄ぃ、創業六十年だって」

「へーそうなんや」

 食べるのに夢中で、桔平は気のない返事をした。

「花吹雪から近いけん、凪沙さんもこの店で食べよったんじゃろか」

「知らんがな」

 あまりにも冷たい返事だった。

《そこは、ちょっとぐらい一緒に想像してくれてもええんやないんぞな……》

 美柑は、口を尖らせながらレンゲを取った。

 桔平は、麺をすすりながら、ふと壁のポスターへ目を向けた。

「……まあ、食べとったかもしれへんな」

「え?」

「昭和六十一年には、もうこの店あったんやろ。花吹雪から近いんなら、腹減った時ぐらい来たんちゃうか」

 桔平は、丼から目を離さないまま言った。

「一人で泣いたあとでも、腹は減るしな」 

「桔平兄ぃ、後で録音聞かせてほしいぞな」

 美柑は、もう一度弥生の言葉を聞き返したいと思い桔平に言った。

 桔平の箸がピタッと止まる。

「どうしたぞなもし」

 美柑が不思議そうな顔をして訊いた。

 桔平は、恐ろしいほどぎこちない動きで美柑の顔を見た。

 そして、にたぁ、と笑った。

「……ないねん」

「え?」

「録音……とれてないねん」

「えええええーっ!」

 美柑は周りの客が驚いて振り向くくらい大きい声で驚いた。

「桔平兄ぃ、何しよるんぞな! あれ、めちゃくちゃ大事な証言じゃったんぞな!」

「いや、録音ボタン押したつもりやってん」

 美柑は慌てて鞄から手帳を取り出した。

 幸い、要点は書き留めてある。


 児島誠司。

 高校三年の教師。

 凪沙が花吹雪を辞めた時期。

 そして、児島が土下座した場所。


 文字は少し荒れていたが、証言の芯は残っていた。

「……美柑」

「なんぞな」

「お前、偉いな」

「今さら褒めても、ラーメン一杯では許さんぞな」

 だが、美柑は、口で文句を言いつつ褒められて嬉しかった。


 その日の夕方。

 美柑と桔平は、神楽たちと倉敷駅前で合流し、「倉敷個室酒房 天一庵」へ入った。

 倉敷駅前の賑わいから少し横へ入った一番街の奥に、その店はあった。

 表の看板は控えめで、観光客向けというより、地元の人間が誰かを連れて行くための店のようにに見えた。

 掘りごたつの個室に通されると、襖の向こうの声が少し遠のいた。

 美柑は昼間の聞き取りメモを広げた。

 瀬戸内の刺身盛りや黄ニラの玉子とじが運ばれてくる中、弥生の証言を一つずつ確認していく。

「録音が取れていない以上、弥生さんには後日もう一度、正式に証言を取らせてもらいましょう」

 神楽は、静かにそう言った。

「ほんまにあんただけは、人の邪魔しかせぇへんなぁ」

 きういは、テーブルの下で桔平の足をばしっ、ばしっと蹴っている。

「痛い痛い痛い。こら、きういっ。お前、口より先に足を出すなや」

「きういさん、彼もわざとじゃないですから、許してあげてください」

 神楽が、隣のきういに静かに声をかけた。

「はいっ。神楽様ぁ」

 きういは、さっきまで桔平を蹴っていた足をぴたりと止め、背筋まで伸ばして返事をした。

 木尾香は、向かいの席で肩を震わせて笑っていた。

「いやぁ、京都府警さんも、でぇれぇ賑やかじゃなぁ」

 その時、美柑のスマホの着信音が鳴る。

 画面を見ると柑奈からだった。

「はい、美柑……うん……ええ?、ちょ……ちょと待ってぞな」

 美柑は個室の襖が閉まっていることを確認してから、通話をスピーカーに切り替えた。

「それで、どういうことぞなもし」

 美柑は、みんなが聞こえるように訊く。

『だから、山口県警から連絡があって、照会していた椋梨慎吾の行方が分からなくなったって言ったのよ』

 柑奈の言葉に、全員が顔を見合わせる。

『それで、今後の動きなんだけど……』

「みんなに訊いてみるぞな」

 美柑はスマホをテーブルの中央に置いた。

 神楽は箸を置き、静かに口を開いた。

「私と桔平ちゃんは、一度京都に帰って、黒田啓輔に会いに行こうと思っています」

「きうい姉ぇは?」

 美柑が、訊ねた。

「もちろん、京都に行って……」

『きうい、あんただけは帰ってきなさい。お母ちゃんも話があるみたいだから。いいわね!』「分かりました」

 珍しく素直に返事をしたので、美柑は思わずきういを見た。

「仕方がありません。私は京都へ行きます」

《やっぱり話を聞いとらんぞな》

 と、美柑はがっかりした。

「きういさんにお願いしたいことがあります」

 突然、神楽が切り出した。

「はいぃ。何でも言ってくださいぃ!神楽様」

 しばらく宝塚モードに入っていなかったきういの目が、一瞬で乙女のそれに変わる。

「一度、愛媛に戻って、黒田啓輔に関する情報を、こちらへ送ってください」

「分かりましたぁ。私にお任せください」

「お願いしますね」

 と、神楽がきういにウインクをした。

 次の瞬間、きういは静かに気を失った。

『美柑、あんたは……』

「もちろん、山口にいくぞな!」

 と、美柑は断言した。

『何言ってるのよ。あんたも一度帰ってきなさい。一人で行かせる訳にはいかないわ』

「もう子供じゃないけん、大丈夫ぞな。」

『だめよ』

「分かったぞな。一旦山口に行ってから帰るぞな」

『はあ?』

《伊予柑め。うちが素直に言う事を聞くと思っちょったら大間違いぞなもし》

 美柑は、自分がきういと同じ血を引いていることに、まるで気づいていなかった。

「あの、伊予警部補」

 その時、横から木尾香が口を挟んだ。

「岡山県警本部・巡査部長の木尾香と申します」

『どうも。伊予です』

「差し出がましいようですが、山口へ向かわれるなら、岡山県警としても捜査協力の形で同行者を出した方がええと思います」

『同行者?』

「はい。椋梨慎吾は、こちらで照会を受けとった人物でもありますけぇ。浦波巡査部長を一人で行かせるわけにはいきません」

 香は、ちらりと美柑を見た。

「うちが一緒に行きますけぇ」

 画面から、柑奈の「はぁ」というため息が聞こえた。

『了解です。浦波巡査部長のこと、よろしくお願いします』

「はい。安心してつかぁさい」

《ふふっ。姉ちゃんは妹には勝てんのぞな》

 美柑は、ほくそ笑んだ。

『また来てつかぁさいな。今度は、あの子がその後どねぇ生きたんか、聞かせてつかぁさい』

 美柑は、静かに頭を下げた弥生の顔を思い出していた。

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