第二章「その嘘、綺麗に剥いちゃる!(七)」
(七)
「せっかく知り合ったんやから、香さんも一緒に呑もう」
ホテルまで送ってくれた香を、桔平が誘った。
「そうじゃ、そうじゃ一緒に呑むぞな」
美柑も遠慮する香の腕をつかんで引っ張る。
「明日も一緒に行動するのですから、情報共有の場としては悪くありません」
神楽もそう言って勧めたので、香は困ったように笑いながら、最後には頷いた。
とはいえ、女性同士としても、いきなり一緒の部屋は嫌だろうということで、きういが急いで部屋を押さえた。
「ええんですか? うちまで混ぜてもろうて」
香が気を使って言うと、
「ええんよ、ええんよ」
と、美柑は笑顔で香の腕を離さなかった。
《警官の夜は、そういうもんぞなもし》
京都府警本部の連中が来てからの宴会続きに、警察官の交流はこう言うもんなんだと、美柑の認識は間違った方向に進んでいた。
ホテルを出た五人は、倉敷駅前の通りを南へ歩いた。
阿知二丁目の夜は、昼間とは違う顔をしていた。居酒屋の灯り、二階へ続く細い階段、古い雑居ビルの看板。
その途中、美柑の目が、一つの看板に止まった。
カフェバー 花吹雪
《……花吹雪?》
凪沙が倉敷で働いていたとされるスナックの名前も、たしか花吹雪だった。
「どうしました?」
神楽が振り返る。
「なんでもないぞな」
美柑は首を振った。
いまは先に、きういが案内してくれる店へ向かわなければならない。
その少し先に、今夜の店――瀬戸内個室酒場 笑右衛門があった。
個室に案内された一行はテーブルに所狭しと並んでいる料理を見て感激した。昨日、桔平が追加で注文しようとしていた舟盛りまで置かれていた。おそらくきういは、岡山行きが決まった段階で、ここまで見越して予約していたのだろう。
昨日の「福の杉」もそうだったが、柑奈の分もあったので、急に香を入れても丁度人数分になる。
《きうい姉、超能力でも持っとるんかいのお》
美柑は、素直に脱帽した。
《神楽ちゃん絡みやなかったら、きうい姉ぇはほんま有能なんよ》
乾杯の後、女同士は直ぐに打ち解けて賑やかになった。飲み放題なので、支払いを気にせず注文できるのがいい。岡山名物のピーチポークも皆で堪能した。
ただ、今日のきういは浮かない顔をしていた。やたら携帯を見てはため息をついていた。
「きうい姉、どうしたぞなもし」
気になったので美柑はきういに問いかけた。
きういは一瞬迷った表情になったが、美柑にスマホを見せた。
開いてみると、柑奈から鬼電が入っていた。そして柑奈から着信が入ったので、代わりに美柑が出る。
「もしもし柑奈姉ぇ、どがいしたんぞな」
「はあ? 何言よるんじゃ。お前、お母ほったらかして帰ってきたらしいのお。兵庫県警から捜索依頼が来て、面倒臭いことになっとるんぞ」
美柑は、きういの顔を見た。
柑奈姉ぇがコテコテの伊予弁になっとる時は、怒っとる時である。
しかも今のは、激おこを通り越して、ムカ着火ファイヤー以上だった。
「ちょ……ちょっと落ち着いてくれんかの。うちは美柑じゃ」
「あら、そうなの。きういは傍にいる?」
「おるけど、先に事情を話してくれんかの」
と、美柑は言った。
柑奈の話によると、昨日の晩、母親の華蓮がきういが帰ってこない事に、気づいたらしい。それで朝まで待って、近くの交番に飛び込んで、捜索願いを出したらしい。
それで確認の為に兵庫県警から、愛媛県警に照会が入ったということだった。
「それ、おかしくない?きうい姉ぇが帰ってきたのは三日ぐらい前じゃし、柑奈姉ぇなりうちにでもかければ済む話ぞな」
「あたしもあんたも警察官だから、直ぐに繋がると思ってたみたい」
「はあ?」
美柑はあきれてものが言えなかった。
一緒に出かけた母親をほったらかして帰ってきた、きういもそうだが、観劇を予定していたタカラヅカの演目が終わるまでの二日間、娘がいないことに気づかない母親も母親である。
《浦波家、どうなっとるんぞな……。きうい姉ぇも大概じゃけど、お母もお母ぞなもし》
その時、桔平が美柑の肩をぽんと叩いて、
「どんまい」
ただそれだけ言った。
そのあときういが桔平に八つ当たりをして、桔平が言い返す。その光景が関西弁の夫婦漫才のように聞こえて、大いに盛り上がった。
笑右衛門ですっかり打ち解けた女衆は、まだ話し足らんということで、「天満屋二階のカフェ」に行こうとなった。桔平にも声をかけると、
「いや、俺はもう少し呑んで帰るわ」
気を遣ったのか、そう言った。
「桔平兄ぃ一人じゃ危ないけん、うちも付いて行くぞな」
と言って、美柑も桔平に付いて行った。
美柑はドキドキしながら桔平の後を付いていくと、桔平は「カフェバー 花吹雪」の前で立ち止まった。
《桔平兄ぃ、気づいとったんぞな……!》
その行動に美柑は感動した。
「ええか美柑」
「はい」
「こういうバーちゅう店に入る時は、堂々とせなあかんで」
「はい」
と、素直に頷いた。
ただ、言ってる意味が分からなかった。
「こういう店は、格好よう洋酒を楽しむんや。間違っても日本酒や焼酎を注文したらあかんで」
「分かったぞな」
「ほな、行くで」
気合いを入れて桔平は扉を開けた。
カランと懐かしい音が鳴って、カウンターの奥から初老のマスターが顔を上げた。
「いらっしゃいませ」
低く、感じのいい声だった。
桔平も慣れたふうにカウンターへ座ると、低い声で言った。
「マスター」
「はい」
「おすすめ、もらえるかな」
「かしこまりました」
マスターは静かに奥に入っていく。
「お待たせしました」
マスターがそう言って出してきたのは、
「倉敷の酒です。多賀治といいます、いけますよ」
と、日本酒を出してきた。
《洋酒じゃないぞなもし》
美柑は、吹き出しそうになるのを押さえて、さっきまで得意げにバーの心得を語っていた桔平の横顔を、そっと見た。
「お……おお。旅に出たら、地元の酒を……呑まなあかんなぁ」
苦し紛れの言い訳なのは直ぐに分かった。
けれど、その言い訳がおかしくて、美柑は少しだけ温かい気持ちになった。
《桔平兄ぃ、今、完全に方針変えたぞな》
もちろん、心の中でのツッコミは忘れなかった。
「それにしても、きうい姉ぇには呆れてものも言えんぞな」
カシスオレンジを一口飲んで、美柑はきういの話を持ち出した。
「お母をほったらかして帰ってくるやなんて、何しよるんぞなもし」
「宇賀田家の血をひく女は変な奴しかおらんからな」
桔平は、何かを思い出すようにしみじみと呟いた。
「それ、うちらの前で言うことぞな?」
「言うたらあかんかったか。俺は正直でありたいんや」
「なおさら、あかんに決まっとるぞな」
美柑がぷうっとふくれた。
「でも、お前は可愛いで」
思わぬ言葉に、顔が熱くなるのが美柑にも分かった。
「え?」
《それって、告白ぞなもし?》
「俺の弟みたいに思っとった。……あ、今は妹やな」
がーん!
弟――。
その一文字で、美柑の乙女心は一度砕けた。
――妹
その訂正で、粉々になった破片に、とどめを刺された。
《桔平兄ぃ……》
美柑は、泣きたくなった。
「あらあら、珍しい方言が聞こえたんで、出てみたら何て可愛らしい」
と、三十代らしい女性が奥から出てきて、美柑を見て言った。
《お姉さん。ナイスじゃ!》
この店の評価が美柑の中で爆上がりした。




