22-三輪ひなたは焦らない
そのメッセージが来たのは、テストが終わって夏休みに向けてのカウントダウンが始まりそうな、半日授業でアルバイトもない日だった。
いつも通り、いつものメンバーで帰ってテストの復習でもやろうかと考えていたタイミングでスマホが震えた。
画面を見るとひなたからのLINメッセージだった。
『雪斗、今日さ……もし時間あるならなんだけど、うちでお昼食べていかない? お母さんも久しぶりに雪斗の顔見たいって言ってたし、私もなんか、たまにはこういうのいいかなって思って。もし来てくれるなら家で待ってる』
……長い。
普段はあっさりとしたコメントだけなのにやたらと長文だった。
『突然だな』
『別に予定ないよね? ちょっと教えてほしいところもあるからお昼も一緒でもいいかなって思って』
終わったばかりのテストの復習だろうか。
テストの結果はなんと上位だけ廊下に張り出されるらしい。青垣高校の時は考えられない文化だけど、さすが進学校という感じがする。
とりあえず、ひなたには時間はあるから荷物を置いてから向かう旨を伝えた。
それから帰り道は特に変わった様子はなかった。
どちらかといえば、いつもは『みんな一緒』に遊んだり勉強会をしたりしていたのに、今回、ひなたは何も言い出さない。
なんなら葵に『今日はちょっと予定があって』と断っているのをみてしまった。
とりあえずみんなには秘密にしたいという意図はわかった。病弱なお母さんに何かがあったのかもしれないと思い、俺も何も言わなかった。
そしてカバンを置いてからちょっと買い物に行ってくるとみつきとかぐやに言い残し家を出た。
「久しぶりだしバイクで行くか……」
免許を取ってからも、普段乗ることもなく放置し続けていた親父の中型を倉庫から出し、ヘルメットを被る。
門まで押してからバイクに跨りエンジンをかけると、そのまま山道を下っていった。
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三輪の家は、うちから少し山を下った辺りにある。自転車だと10分ほどだが、バイクだとあっという間だった。
昔から何度も来ている家だけど、ここにくるのは久しぶりだ。
うちと同じような大きさの家……ただし離れはうちとは違い完全に洋風の箱型の家だ。
「あれ? バイク?」
エンジン音を聞きつけたのか玄関からエプロン姿のひなたが顔を出した。
「親父のな。たまには乗らないとな」
「いらっしゃい、雪斗くん」
ひなたの後ろから久しぶりに見たひなたの母が顔を出した。
昔から少し体が弱く、あまり出歩かないらしいが表情は明るく元気そうだ。
「久しぶり〜。ひなたがね、最近ずっと雪斗くんと一緒にいるっていうから、たまには呼びなよーって言ってたんよ」
「別にそんな言い方してないわよ」
ひなたが少し恥ずかしそうに言うが、母親は微笑みながら俺に手招きをする。
「まあまあ。ほら雪斗くん、ちょうどお昼でたから、二人とも座ってなさい」
食卓には、焼き魚に、味噌汁、焼きそばや煮物が並んでいた。昼から随分と気合が入っているなと思ったが、お父さんとおじいちゃんの分もまとめて作ったらしい。
「雪斗くん、ご飯ちゃんと食べてる〜?」
「はい、食べてますよ」
「育ち盛りなんだから。そういえば、お家の方は下宿受け入れてるんよね?」
お味噌汁をいただき、取り皿に焼きそばを取り分ける。
「最初はかぐや、みつきに、はるささんの三人だけだったのに、今六人だよね」
「葛城さん、張り切ってるわねー男の子だけどと寂しかったのかしら」
ひなたの母もご飯を食べながらからからと元気よく笑う。うちの母とは定期的に会ってるし、仲も良いらしい。
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昼ご飯を食べ終える頃、ひなたの母はゆっくり立ち上がった。
「ちょっと買い物行ってくるわね。夕方の材料が足りなくて」
「いまから? 一人で大丈夫なの?」
「うん、ちょっとおばちゃんちも寄ってくるけど夕方には帰ってくるから」
母親は食器を洗いながら、買い物袋やカゴを用意していた。
「二人でゆっくりしてなさい……雪斗くん、勉強見てあげて?」
そう言って慌ただしく玄関から出て行き、車が出ていく音がした。
家の中が急に静かになり、お母さん元気だなと考えていたところに、ひなたが立ち上がった。
「雪斗、ちょっと部屋来て?」
「ん?」
「いいから」
二階にあるひなたの部屋は昔とあまり変わっていなかった。
ベッドと机、本棚に白い衣装棚。
レイアウトは変わっているが、昔よく遊んでた時のままだった。
ひなたがベッドに腰掛け、隣をぽんぽんと叩き隣に座れと促してくる。
「勉強しないのか?」
「ん……最近ちょっと変な感じするんだよね」
「変な感じ?」
何やら重い話かと思ったが、ひなたはにこりと笑っていた。
「雪斗の周りよ。みつきとか、かぐやに、はるかさんに……ほかの大学生の人とか」
「まあな」
「なんか雪斗ってさ、昔からそんな感じだった? なんか女子に囲まれるタイプだったっけ」
「違うと思う」
「ふふっ、だよね」
ひなたは小さく笑い柔らかい声になる。
「でも、私ちょっと安心してるんだ」
「安心?」
「だって雪斗、全然変わってないからさ」
「そうかな……?」
「うん」
ひなたが少し座り直し、肩が触れる距離に近づく。
「ねえ、雪斗……なんかさ、今日は……甘えたくなったの」
「急だな」
「急だけど」
ひなたはそのままぎゅっと肩を押し付けるように体を寄せてくる。
「雪斗が他の子と話してるの見ると、なんかちょっと寂しくなる」
ひなたが俺の腕に軽く触れ、指先で俺の手の甲に触れる。
「みつきもいい子だし、かぐやもはるかさんも皆んないい人で……でも……私の方が昔から知ってるし」
「幼馴染だしな」
「だから、たまにはこうやって……私の方見てほしい……な」
そのまま、ひなたが俺の肩を押し、ベッドに押し倒される格好になる。
「ひなた?」
上から覗き込んでくるひなたの瞳を見つめる。
顔がかなり近い。
「……ぎゅってしていい?」
ひなたはそういって、俺の返事を待つことなくそっと体を預けてきた。
細い腕が首の後ろへ回される。
知っているはずなのに知らない香りがする。
シャンプーの香りと少し汗ばんだ匂い。
体の上でひなたの胸が形を変え、髪の毛が頬に触れる。
「ねえ……雪斗もぎゅってして」
吐息と共に小さく溢した。
「お願い」
俺はひなたの背中へ腕を回し、抱きしめる。
思ってた以上に細い身体は少し力を入れると折れてしまうのではないかと思ってしまうほどだった。
しばらく二人で抱きしめ合い、どちらのものかわからない鼓動とクーラーの音だけが聞こえていた。
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時間がどれくらい経ったのか分からないが、ひなたのスマホが急に震えひなたが急に顔を上げた。
「……あっ」
「ん?」
「やばい」
ひなたがスマホを見てバッと起き上がる。
「お母さん、そろそろ帰ってくる」
俺も体を起こし二人の格好を見てひなたが少し笑う。
いまだに熱を持った肌と視線。吐息はまだ甘い。
いつのまにか床に散らばっている下着を取って、慌てて着替える。
「……また来てくれる?」
ひなたは最後に少し甘えるような声で言うと、唇を重ねた。




