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22/24

21‐蔵と階段と思い出と

 昼過ぎ、居間にはノートと問題集が広がっていた。

 この日は午前でテストが終わると、そのまま俺の家に戻って勉強の続きをする流れになった結果だった。


「これさ、どこでこうなるの」


 みつきがノートを指で押さえながら、何度目かの質問をしてくるので都度教えていく。

 飲み込みは良いのだが応用が効かないのか、簡単な変形問題にすぐに詰まる印象だ。


「ここ、式変形してるだけだから、ここをこう」

「それが分かんないんだよね〜」


 横から覗き込むと、ひなたも同じページを見ていた。


「この前やったやつに近いから」

「そうだっけ」

「似てるだけで別物じゃないの?」


 ひなたも頑張っているが、正直みつきよりひなたの方が実は大変そうだ。




 そんなやり取りをしていると、玄関の戸が開く音がした。


「ただいまー」

「お邪魔します」


 母の声に続いて、少しだけ遠慮がちな紗月先輩の声。


「あ、おかえり」


 みつきが顔を上げるタイミングで居間に入ってきた。


「お疲れさまです。テストどうでした?」

「思ってたよりは解けました」


「三年のテスト難しそうですね」

「そうですね……ある程度はわかっている前提の問題が多いです」


 紗月先輩は苦笑しながらそのまま、テーブルの端に座った。



「通学路は大丈夫そうですか?」

「たぶん大丈夫です。曲がるところはありませんし距離があるだけですから」



 紗月先輩と短いやり取りをして、みつきの方を見るとまだノートは進んでいないようだった。


「で、次はどこ?」

「ここなんだけど」


 ノートを差し出されるので覗き込むと、反対側からひなたが少しだけ身を乗り出してきた。


「ここって、こうじゃない?」

「どれ……? あぁそれ引っ掛け」

「……くっ」



 二人に、なぜだめなのかを説明していると、左右から身を乗り出してきて更に距離が近くなってくる。

 正面に座った紗月先輩はその様子をちらりと見てから、自分の問題集を開いた。


「紗月先輩もやります?」

「はい、混じっていいですか?」


「もちろんです!」

「ありがとうございます」



 かぐやと紗月先輩は勉強熱心だなと、問題を解いていく視線を眺める。

 一方俺の左右の二人は、ペンをくるくる回しているのと、ぐるぐると迷路のようなものを書き始めている。



「人増えると、なんか勉強会っぽくなるよね」

「勉強をしてればな」


「してるよ?」

「教えてもらってるよね? 雪斗せんせ?」



 この二人は追試決定だなと思いながら、ふと紗月先輩の方を見ると庭の方へ視線が向いていた。



「雪斗さん、あれって蔵なんですよね?」

「気になります?」


「そうですね、もしよければ、一度見てみたいなと思ってます」



 言い方は控えめだが、はっきりしていた。勉強もそうだが、白鷺女子でこのキャンバスに来ているということは人類学や民俗学とかそういう昔の文化などの研究に興味があるということだろう。



「せっかくですし、明るいうちに行ってみます?」

「いいんですか?」


 暗くなると見えなくなるので、そう提案したのだがみつきもすぐに乗ってきた。



「ちょっと面白そうじゃん。私も行くー」

「お前はただの見物だろ」


「それでいいじゃん~!」


「あそこ、子供の頃よく遊んでたよなぁ」

「たしかに……そうかも」



 葵とひなたは昔のことを思い出しているようだった。

 ふとかぐやはどうするのかと思ったら、ちょうどペンを置き「私も行きます」と立ち上がったところだった。



 かぐやは中身より蔵そのものの構造が気になると真面目な顔で言われた。


 結局、その場の全員で動くことになったので、母に鍵を出してもらい、テーブルのノートはそのままに玄関から出て庭へと回ったのだった。



 ■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□■□



 蔵の前に立つと、昼間なのに少しだけ空気がひんやりしている気がした。


「鍵、紗月先輩開けます?」

「いいんですか? やった」


 小さくガッツポーズをした紗月先輩の反応はちょっと意外だった。

 母から受け取った鍵を紗月先輩に渡すと、恐る恐る大きな錠前に鍵を差し込む。


 そしてガチャっと重たい音がして、扉がわずかに開いた。

 みつきが一歩前に出て、紗月先輩の横から覗き込むように中を見る。



 中は暗かった。

 外の光が少し入るだけで、奥までは見えないのだ。


 一応電気は通っているので、蛍光灯のスイッチをつける。



 ごちゃごちゃと様々な大きさの木箱や長持。それにガラクタが仕舞われた1階を進んでいく。

 子供の頃、ここで遊んだ記憶が薄っすらと蘇ってきた。



「みんな段差あるから足元気をつけて」

「はーい」



 中に足を踏み入れると、すぐに空気が変わった。

 かび臭さと、木の匂い、そして少しだけ湿った感じのする空気が充満している。



「なんか涼しいね」

「外よりは涼しいな」


 ひなたが俺のすぐ後ろに続いて入ってきて、その後ろに紗月先輩が続いた。




「……すごいですね」




 紗月先輩がゆっくり足を進めながら周囲を見渡している。


「こういうの、初めて入りました」

「そんなもんか」

「はい。うちの実家にはなかったので」


 少しずつ目が慣れてきて、段々とおいてあるものが見えてきた。


「思ったより広いね」

「葵、昔ここでコケて泣いてたよね」

「えー? それひなたちゃうん?」


 後ろから楽しそうな声が聞こえてくるが、1階の奥にたどり着いて一旦立ち止まる。


「これ階段?」

「ああ、こっから上にも登れれるけど……」


 蔵の奥にある急な木の階段は角度がきつくて、家にあるような階段よりだいぶ狭い。


「雪斗くん、登っていい!?」


 すっかり探検隊の気分になっているみつきだが、その服装はしっかりスカートである。


「上れるけど、自分の格好を気にしろよ?」

「あー……雪斗くんが最初? それとも最後がいいってこと?」

「なんでだよ」


 とんでもない冤罪をふっかけられそうなので、何もなかったように先に上へ上がっていくことにした。

 手すりに軽く手をかけて上りきり、上から見下ろすとかぐやと紗月先輩が慎重に上がってきた。



「本当に急ですね」

「頭ぶつけるから気をつけてな」

「うん」


 みつきは下で登るかどうか悩んでいるようだった。高いところが怖いのだろうか?


「じゃあみつき、私、先に登るね?」


 そう言って、ひなたは手すりを使わずスタスタと上ってくる。

 途中で少しだけバランスを崩しそうになるが、何事もなくたどり着くとその後ろから葵も上がってきた。



「大丈夫?」

「雪斗くん……手……」



 最後になったみつきは、やはり怖いらしい。高いところがだめなのか、狭いところがだめなのかわからないが、一旦下まで降りてここで待つように言ってみたが、どうしても登りたいらしい。



 仕方なく手を掴み、狭い階段を横並びになって1段上がる。



「えぇ……こわっ、怖いって」



 まだ2段目なのに、完全に腕に抱きつかれているが、本人はそれどころではないようだ。

 震える腕を感じながら、転げ落ちないように手すりを持って登っていく。



「ひえぇ……なんでみんなこんなとこ、登れるの」



 しっかりと数分の時間をかけてみつきと2人で2階に到着すると、残りのメンツはすでにあちこちを興味深く眺めていた。


 誇りが積もっている古い箱や道具が並んでおり、相変わらずどこに何があるのか分かりづらい。



「ほんとにそのまま残ってるんですね」

「片付けてないだけだと思うけどな」

「それでも、こういうのは貴重です」



 紗月先輩が周囲を見ながら置かれている道具に興味を示すのとは対照的に、かぐやは壁や梁の方をずっと見ていた。



「すごいしっかりした構造よね」

「そういうの分かるのか」

「なんとなく…だけど。はるかさんとかには負けるわよ」



 だが、俺にとっては特に何かがあるわけじゃないなと考えながら辺りを見回していると、紗月先輩が、ふとこちらを見た。



「雪斗さんは、昔はこういう場所で遊んでたんですか」

「まあ、そういう記憶はありますね」


「いいですね。すいません勉強中に見学させてもらって」

「大丈夫ですよ。はるかさんとかも初日に見学してましたし」


「藤森先輩ですね……すごい人なので、この機会に色々と勉強させてもらいたいです」

「すごい人……?」



 いま紗月先輩の口から、意外な組み合わせの単語が聞こえた気がしたのだが気の所為だろうか。



「藤森先輩、確か民俗学の本とかも出されてますよ?」

「えぇっ? はるかさんそんな凄い人だったんだ」


「ずっとお酒飲んでるイメージしかなかった……」



 九条姉妹としてもそういうイメージらしいし、正直俺もあまり大学でどういうことをやっているのか興味がなかったので、ただの酒飲んで寝てるお姉さんというイメージしかなかったのだが、あえて口にはしないで置く。




 その後、次はテストが終わってからゆっくり納屋と母屋の屋根裏も見学しようと約束をし、下へ降りることにした。



 そのまま、全員で家に戻り居間に入ると、さっきまでのノートがそのまま広がっていた。



「……はぁ……やるか」

「やるしかないよね」



 各々が同じ席に戻る。


 さっきまで勉強していたはずなのに、さっきより少しだけ空気が重い気がする中、俺達はテスト勉強を再開したのだった。


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